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うへっへっ、タピってみたぞ
 野菜不足を補うために野菜ジュースを飲むことがあるが、最近はスムージーに嵌っている。
 その中でもDole の Green Smoothie 100%がお気に入り。
いつもの通りスムージーを手に取ろうとしたら隣にタピオカがある。
 台湾には良く行くのでタピオカは別に珍しい気がしないし、食べたいとも思わなかったため、口にしたことが無い。
 何となく思わずスムージーに合わせてタピオカを購入。
 初でタピってみる。
 うむうむ、うっへっへっ。
 これがタピるか !!
 恐らく二度とは買わないが、いい経験をした。
 そこで来月は台湾で仕事。本場台湾のタピオカと比べてみようという好奇心はある。


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いつもの薬膳学校

 11月の薬膳学校は、餃子皮に健康食となる植物の粉末を混ぜて薬膳餃子を創る。
 今回の粉末は、「烏髪配方」で何首烏、青仁黒豆、黒芝麻、黒砂糖の散処方で、もう一つは明日葉末である。
 餃子皮に10%混入させるとともに、だんご粉に20%混入させて、団子を作り味覚への影響を調べる。
特に「烏髪配方」の何首烏は、過去に三黑烏髪粥や、何首烏人参湯などでも用いているが、若返り、髪を黒くするという点で大人気。
 大成功で、さらにいろいろな粉末の混入を試みる予定。

 餃子実習が終わってから、高尾恭子先生による「手軽なパン作り」の講習が追加された。

 高尾さんはパンを作って、いろいろなイベントにも出品され、有名である。
 クルミや干し葡萄なとを練りこんだハード系のパンを学んだ。
 いつか薬膳素材を練りこんだパン作りに発展するかも。


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回顧か懐古か

 TVでは古い映画のリバイバル版があり、録画しておいて所在ない時に楽しんでいる。
 そんな時、設定年が出ると、我が人生でその年には何をしていたのかと懐古しながら回顧する。
 これは1971年のメキシコでの出来事という設定。
 私は1940年生まれで、1971年は31歳の時なのかと・・・。
 そうだ31歳なら、父の死去で大学院を中退し、その3年後に大学院に再入学して博士課程に在学していた時になる。
 博士論文の研究に、山歩きに、一生懸命だった頃、そしてその後の基礎となる漢方臨床論文などを雑誌「漢方と漢薬」、「漢方の臨床」、そしてウチダ和漢薬の月刊「和漢薬」等々を熱心に読み、また、関連研究の報告をハンドソート・パンチカードに記録し整理することに一生懸命だった時代である。
 パンチカードの数が誇りでもあった。今はハンドソートパンチカードの言葉もPCソフトに置き換わって消えた。
 そしてまた、1971年は大学紛争の真っただ中。1960年代の全共闘の大学紛争に巻き込まれて、ヘルメットを被って走り、そして1972年の沖縄返還まで・・・丁度あの頃の映画だ。

 今、漢方臨床基礎講座に参加して下さっている医師・薬剤師の先生方のかなりは生まれる前の話である。
 昭和の世代は「明治は遠くなりにけり」と云ったが、今は昭和-平成-令和と移り「昭和は遠くなりにけり」である。
 




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金木犀の花の咲く頃

 我が家の庭には、金木犀、無銀木犀、四季咲きの木犀の3本がある。
 金木犀と銀木犀は玄関への通路の両側にあり、芳香を放ってる。

 学生時代、大学の校舎の陰を自転車で走っていて、大きな金木犀の花と香りに気が付き、驚いたことが未だに強い記憶として残っている。
 この香りの思い出も我が青春のひと時かもしれない。

 ああ、もう神無月も終わり、令和元年も2ヶ月を残すのみか。

 荻原幸夫先生の訃報(享年82歳)を受ける。
 漢方分野で薬学者として、また東洋医学会で大きな貢献をされた。
 ありがとうございました。      合掌


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干し柿異変 ?

 例年文化の日が過ぎると干し柿造りで、今年も干し柿の季節になってきた。 
 ところが我が家の渋柿(西条)の実はポタポタと落ちて、とうとう1つも無くなり、地上には無残な姿。

 これでは干し柿が作れないと思っていたら、Yさんが立ち寄って下さり、立ち話でうちの渋柿の話をした。
 「うちもよ。干し柿を取ろう」と言ったら(ご主人が)「今年は皆落ちている。皮むきしなくて良い年だな」と言ったという。
 熊山のJRセンターに電話すると、今年は西条(渋柿)が全く入ってきていないとのこと。

 こんな例年の秋の風景、柿すだれは今年はないかも。
 例年、私の干し柿を期待している方々、あきらめて。
 これも狂った気候のせいだろうか。
 地球温暖化のせいなら、おろおろ歩く宮沢賢治ではすまない。


  

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今年の栗の始末
 秋の第一は「栗」 和の羊羹から、洋のケーキ類まで。
 我が家の栗は10数kg収穫し、焼栗、栗飯、蒸し栗、渋皮煮となった。
 そして朝に3〜5個しか拾えなくなり、約1kgが最後。
 揚げ栗と渋皮煮を作ることとした。
 揚げ栗はTVの和風総本家で紹介されていた。
 Oさん家族に、KさんとHさんで作ることにした。
 Oさんの元気な子供達とで、秋の一日を過ごす。
 写真左が渋皮煮、右が揚げ栗
 揚げ栗は初めて、皆さんの意見で 渋皮煮7:揚げ栗3 の割合とした。
 しかし、揚げ栗の評判は高く大好評。
 来年は揚げ栗のスキルアップを図りたい。

 揚げ栗は鬼皮を除き、渋抜きなしに、160〜180度の油で10〜15分。塩を振ってOK。また、砂糖にシナモンなどいろいろのパターンがある。

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いつもの高知薬証会と高知城

 高知薬証会も、早や8回目が終わり、残り4回となった。
 高知は35年位前に2年間の薬証会で訪れているが、高知城は見上げるだけで天守閣に登って拝観いない。
 そこで今回は、朝早くでて高知城に行く。

 山内一豊では、「妻と名馬」の話は記憶にあるが、一豊の活躍は寡聞である。

 天守閣に登ったが、いつもと同じ感じをもつ。すなわち、城は下から眺めるもので、登って価値あるものではないと。
 構造はほぼ全ての城に共通で、最上階からのながめは東京タワーからの都市風景より貧弱。
 しかし下から見上げれば、青空を背にそびえる天守閣は数百年前と変わらない同じ姿に、悠久の時に思いを馳せることが出来る。
 まっ、いいか。

 高知薬証会は8回目が終わり、あと4回。
 今回も参加者は熱心に聞いてくださる。
 薬証会は楽しい時間である。
 漢方製剤メーカーのクラシエ(元カネボウ)さんの担当者の広報が行き届いて、参加者は第一回から8ヶ月して増減なしか、参加の先生からの紹介で微増。ありがたいことだ。


 
 


 

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和気にベーカリー
 我が和気町にベーカリーが開店した。
 ブルースプリング ベーカリーである。
 仕込みの都合だろうか、日曜、祭日以外に月曜日が休み。
以来、私の昼食はパン食が主になり、隔日にベーカリーへ。

 私は11時30分頃に焼き上がるハード系のパンが好みで、噂ではドンクで修行された人らしいが、ドンクよりやや歯応えがあると感じ、私にはそれが病みつきの理由。
 16日、高知の薬証会の帰路、焼き上がりに間に合わせるため、いつもよりホテルを1時間半も早く出て、11時50分頃、ベーカリーに到着。ハード系のパンを手に入れ、昼食とする。
 [写真はハード系のパンとレジにいた人。ブログ掲載を了解済みでモザイクなし]

 ミズリー州の市の名前で Blue Springs があるが、関係あるのかな。
 和気に清らかな青い水をたたえた泉のように爽やかなベーカリーが開店したのは、我が食生活上でも、万々歳の大歓迎 である。
 

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台風19号と柿

 TVでは、台風19号が広範な地域に歴史上で例のない豪雨と暴風で未曾有の被害をもたらしていると伝える。
 和気は、いつもながら南北が四国山脈と中国山脈に挟まれて、盆地の底のような状態で、雨風の被害は素通りに近い。
 最接近の今でも、雨量の計れない位の小雨、風は時々吹き抜けるが、お年寄りの女性が自転車で走っているので、大した状況でないのか、女性が無謀なのか。
 おかやまでも中国山脈の中腹の都市では警報が出されているが、和気は首をすくめて通過を待っている感。

 庭の柿の木も、台風の風で揺れている程度で、その様子を見て、柿が食べたくなり、今年最初の柿を取ってくる。
 甘くておいしい。
 栗に続いて秋の恵み。




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最初の栗

 台風17号の影響で、少し栗の実が落ちた。
 最初の日の収穫として、27個、527g、18〜23gで平均20g位。
 今年の実の大きさも良く出来たと思う。
 令ねん40g位のも収穫できるので、これから毎朝栗の樹の下を探すのが楽しみ。
 さて、今年はどうして食べるかな。

 9月28日、お向かいのOさんの子供達と栗拾いのイベントをする。
 Oさんちの子供達は元気で「カノサン、カノサン」と親しげで、お陰で元気を貰っている。

 虫の動かない涼しい朝早くから、栗拾いで、2Kg強は集まり、今(9月28日)のところ合わせて数Kgはあるようだ。
 今年の栗は、1週間位放置し、乾燥してから焼栗に、そして渋皮煮になるには粒が充分大きい。