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 足利を訪ねて・・・
 GWの鎌倉探訪に続き、はからずも足利尊氏の里を訪ねることとなった。きっかけは「あしかがフラワーパーク」で世界一と称する藤の盛りを観るためであったが、足利三大名所のひとつの足利学校と鍐阿寺(ばんなじ)、そして陶磁器の栗田美術館を含めた「ことりっぷ(小trip)」となった。
 藤は若葉がもう出て見頃はやや過ぎていたが、今期の藤としては最後の休日となって5月9日、浅草9時前発の東武特急りょうもう(両毛)5号(6輌の全席指定)は藤観賞のための客(足利市駅下車)でほぼ満席であった。
 フラワーパークにはフジと名のつくものが紫藤、白藤、八重の藤、そして黄花藤やフジの園芸品種、さらにご愛嬌で立藤(ルピナス)などがあり、彩りとしてはシャクナゲとクレマチスが最も美しい時期といえた。

 
なお、日本のフジ類は最も一般的なノダフジWisteria floribundaとヤマフジWisteria brachybotrysW. japonicaに代表されるマメ科のWisteria属に分類されていて、白藤W. b. forma albaは園芸品種である。ノダフジとヤマフジは蔓の巻きが左右逆で区別が出来る。

  

 黄花藤はキングサリと呼ばれる外来種Laburnum anagyroidesで属が異なる。テレビで藤の花の天麩羅を賞味していたが、この黄花藤は有毒植物であり、食用は駄目。キングサリは北海道薬科大学の薬草園にも植栽したが、冬に雪の下の幹がネズミの食害を受けて苦労し、残念な思いをしていたが、もしかしたら殺鼠剤になっていたのかな? 

 

全国に藤は多く、世界一と称する藤は多いが、足利の藤も見事な大樹が数本あり世界一を認めておいても良いと思った。

 足利は室町幕府の祖、足利尊氏の里であるが、幕府が京都で開かれたため、足利には鎌倉のような歴史遺産に欠ける。何といっても日本最古の学校のひとつ、室町時代の関東の最高学府とされる足利学校が代表である。880年代に小野筧によって創設されたとあり、儒教の孔子らと共に小野筧が祀られているが歴史的矛盾から異論が多く、一般には1476年説が強い。ただ一般人にとって歴史とは異論があり、未知なことが多いほど想像力が画き立てられ、空想が広がるから現状は現状として認めておきたい。
 現在も定期的な公開講座が開講されている「足利学校」の拝観券には「入学証」とあり、これにまたまた感激して「学校」の門をくぐる。
 

 

 

鎌倉-足利とくると次は南北朝時代で、吉野朝廷、楠正成、新田義貞、高師直、湊川の戦い、千早赤坂城の攻防、生駒・笠置山と次々に懐かしい名前や地名を思い出す。怪しげな戦後の熊野天皇は別としても、これから小中学時代の読書体験を辿ることになるのかもしれない。

 中山道(中仙道)は多くの大名の参勤交代に往来し、徳川秀忠が関ヶ原の戦いに辿り、末期には和宮内親王が江戸へ向かい、そして維新軍の進撃に歴史を残している。途中の奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿などは当時の佇まいが歴史遺産として現存するという。
 中仙道は岡谷から馬籠宿まで自転車で歴史探訪の旅をしてみたいと思っている。

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GWの最初に、鎌倉、横浜をサイクリング

 鎌倉は歴史書で知っていながら、まだ訪ねていない都市。 期待で一杯。折りたたみ自転車を持ってJRに乗る。

4月30日 :
 前日夕鎌倉入りして、北鎌倉駅前の円覚寺から早朝のスタート。さすが禅寺、朝の8時開門で、9時過ぎて観光客がちらほらする前の1時間は、境内を散策して閑静な空気に浸ることができる。この静けさだけで1日分の満足あり(写真にも人影無し)。 10時過ぎるとどこも人の波!

 

 
円覚寺から東慶寺、明月院、浄智寺、建長寺、円応寺、鶴岡八幡宮とほとんど近接あるいは自転車で10分以下と思える距離にある。当然、禅寺が多く、それぞれに心が感応する何かが満ちていた。

珍しい経験 :
①寺院とは別に石斛(セッコク)は漢方薬としては知っていたが、花をみた記憶は不確かだ。幸いにも素晴らしい満開の花をみた。

②「さざれ石」は能登サイクリング中にあった妙成寺で夫婦岩のようにしたものを見て、「ここしか無い珍しいもの」と思っていたが、これは石灰質角礫岩といい、岐阜県揖斐郡に産し、ここ鎌倉の東慶寺にもあった。なんだ、そうなんだ…..この歳にして無知な話と…!

③普通、どの寺でも拝観者は墓域に入れない。円覚寺松嶺院は牡丹が有名だか、坂本弁護士一家の墓や開高健、田中絹代、佐田啓二など著名人の墓でも知られ墓地への入域は可能。私の興味は鎌倉時代の戦歴で著名な武将一家と思える墓列で、「人々国(1192)は武士の世ぞ」で幕開く日本史に思いを馳せた。 

④布袋さんのおなかを撫でると裕福になるということで若干俗気に戻る。
ただ金運が巡るという「銭洗弁財天」には行かない。

 

八幡宮前の小町通りで遅い昼食に、いろんな名物を立ち食いしながら考えた。
由比ヶ浜を経て長谷寺と高徳院(鎌倉大仏)に行き、七里ヶ浜から江ノ島のルートを走って、鎌倉の一日を終えるか

 鎌倉泊まりにして、翌日もさらに鎌倉寺院めぐりをしてから江ノ島へ、そして横浜市内サイクリングは明後日にするか…..。
 結局、連休中の横浜の混雑を想定して今日は江ノ島経由で横浜泊まりとした。
 鎌倉大仏から七里ヶ浜を快走して江ノ島へ。何と山下に見える駐車場は車ではなく、ヨットばかりが駐車している。「所変われば品変わる」、妙に感動。
  江ノ島からモノレールで大船駅に移動(モノレールは羽田の跨座式と違い懸架式。黒い袋は輪行袋の自転車)。

JRで横浜桜木町着。
 夜は開国博Y150で、ロボット蜘蛛ショウを見て、トゥモローパークでアースバルーンの上映を見る。アースバルーンは宇宙から地球を見詰める雰囲気があり、地球環境を考えさせるいい企画なので、訴えたいことが十分伝わるだけの感動を与えてくれる。アースバルーンは映画「地球が静止する日」の球形の宇宙船(?)の鮮やかさに似て、さらに映画の訴える内容と共通する面もあるので、印象がより強調されるのかも。
 

5月1日 :
Y150会場の開場は10時だが、小学生団体の列をみて方針変更。横浜市内の資料館、博物館、歴史建造物などを巡ることとした。
 桜木町駅からは県立歴史博物館、日本郵船歴史博物館に始まり東方向へ横浜開港資料館、日本新聞博物館、シルク博物館と次々続き、その間に記念館や歴史的建造物がある。一つ一つで実際の記録に接して、知識としての歴史を鮮明に、新たにして歴史をvirtual体験の連続。 絹織物の技にまた感動。久しぶりに生きたカイコに対面。
 次第に山下公園の氷川丸に向かうが、

ちょうど氷川丸の隣の突堤から横浜港クルージングが出港するときだったので乗船し、ひとときを観光と休息。

下船後、中華街に行って豚饅で遅い昼食。

 

すごい雑踏の中華街をさけて氷川丸へ戻って船内観覧へ。

 次いで横浜人形の家という人形の常設展覧会にはいり、赤い靴を履いた女の子の人形や日米交流の人形を実際に見ることができた。
 横浜ベイブリッジを自転車で渡ろうと入口を探したが見つからず、お巡りさんに尋ねたら「通れません」ということで、前回のレインボーブリッジに続き渡橋計画は挫折。しかし、地図上では橋の中央に「スカイウオーク展望ラウンジ」がある。徒歩でも行けると思うが……(次回、再挑戦と思ったら大黒埠頭側から展望ラウンジに行けて、渡橋はダメらしい!! 生麦事件の生麦へ行く時に訪ねてみよう)
ぶらぶら走って帰路はJR石川町駅から京浜東北線で浜松町、浜松町-門前仲町-西葛西駅-帰宅。
 鎌倉も横浜も、残りは秋のシーズンに再来してとするが、海のエジプト展(6/27~9/23)は来る予定である。
 

今回も「漢方」と関係しない記事でした。「漢方」関係の最近の仕事は公開出来ないことばかりで……。