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心からの笑い

 勤務していた大学の国際交流委員長として国際学術交流に携わっていた時、中国沈陽薬科大学の要請で沈薬大内に研究室を設立して人材養成を促進、充実させることとなった。
 幸い、当時、私の研究室は研究課題が発展して新しい分野に脱皮している時であった。
 さらに古い分野の機器、備品(新品価格で二千数百万円分)は個人所有の形だったので、その全てを沈薬大に移管し、さらに三百万円以上の新品機器を補充して研究室を発足させた(1999)。後に重機器(LC-MSなど)も移送し、機器、備品類の総額は数千万円以上になった(2005年当時)。

 スタッフ : 沈薬大のスタッフは私が客員教授として、北薬大の私の研究室に留学し博士号を取得した二人のうち、年長の一人(現・袁丹教授。当時は講師)と組みむことになった。
 
 施設 : 研究室の内装、配管などは沈薬大が担当した。全室に中国の200Vと日本の機器用の100Vの差し込み口の高さを違えて配列した。
 
 設備 : 中古とはいえ、まだ全国的に普及していない当時の最先端機器を移したため、大学の典範研究室として学内外の見学者が多く、学内の研究室改善の火付け役を果たし、また、国家研究室基準審査で中薬系の最高級レベルに承認されたのは(沈薬大では2010年現在でも三研究室のみ)。
 
 以来11年、移管した機器も稼働し続けて、最近はインパクトファクターの高い国際学術誌にも研究成果が次々に掲載されるようになり、大学内の研究の中核の一つとして認められるようになった。
 そこで設立十周年の記念事業を開き、これを機に教授室の名札を「鹿野美弘客員教授」から「袁丹教授」に代えるように勧め、人材養成の研究室設置事業を完了することとした。
 このような記念式典というものが大学としても未経験であったため、[記念式典、日中台の生薬学者による講演会、感謝宴]の記念事業の準備は大変であったが、多くの人のご理解、支援、ご協力と20人に及ぶ院生達の献身的な努力で大成功に終わった。
 

 この記念式典で、袁丹教授から「感謝の花束贈呈」というサプライズがあり、思わず感涙でウルウルしてしまったのも、ある意味では私の「沈陽薬科大学卒業」と自覚していたためかも知れない。
 後藤新平曰く「財を残すは下、業績を残すは中、後進の人材を育てるのは上」。
   教師冥利に尽きるか!
 
 写真で見て分ったことだか、私の達成感の故か、記念事業ではただ幸せで笑っていたようだ。

       ありがとう!
   素晴らしい人生は皆さんのお陰です!!

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エコを考える!
 中国沈陽薬科大学に私の日中共同研究室があり、設立十周年の記念式典、国際講演会、感謝宴の事業を12月18日に行った。
 12月の沈陽は一年中で最も寒い期間という話。着いた13日の日中は-9℃で、その後は毎日日中が-14℃の日々。そんな中でホテル-大学間のみでなく、空港に出迎えや書店で書籍漁りに外出した。
(注:その後、暮から2010年1月上旬まで瀋陽にー28度もの厳寒が襲来した。そして日本は大雪に。)
 この空港ロビー、書店内も暖房は無いと言える状態であった。何と講演会場も来賓控室も室内暖房は(設備はあるが)入れていない。参加者は厚着して座っている。ある座長はダウンのジャンパーを着て、ある座長はマフラーを巻いている。
 [写真は式典の来賓室の風景2枚と、国際学術講演を聞く教授と参加大学院生ら]

 空港では送迎者は長いダウンのコートを来て、時に足踏み、身体を揺らして寒さに耐えて待っている。
もちろん、従業員も厚着系である。
 経済発展著しい中国は炭酸ガス排出世界一だと批判されている。しかし、暖房はこの程度である。
 聞くと、ホカロンは知らないという(ネットで買える程度の普及)。寒い時は厚着するという。
 低い室温に特別不満もなく、式典を手伝ってくれた院生達にホカロンを配っても「ありがとう」とは言っても、それほどありがたくも無いようである。もう、寒さに慣れているようだ。実際、1週間も経てば私も少し寒さに慣れてきた。 

 振り返って日本をみれば、暖房温度は店員や従業員の軽装の制服に合わせていて、客はコートの前を広げて汗をかかないようにしている。そうでなければ働く者が動き難い、肩が凝る、足が冷えると不満が出るそうだ。もちろん夏も制服に合わせた冷房をしていて年中ほぼ一定温度が基準のようだ。  

 厳しい寒さで無いことは脳卒中や心臓病の予防になると言えるし、快適であることは確かだ。
 しかし、温度差の大きい室内外の往復が身体機能、特に自律神経系のバランスに良いことだろうか? 
 日本の過剰暖房が循環器系の疾患を少なくしても別な自律神経失調系の疾患を増やしているとも考えられる。確かに循環器系は致死的で、自律神経失調は死と直接関係しないからどちらが大切かといえば・・・だが、それを口実にした業者に操られて、盲目的に突き進んでいないだろうか。

 こうしてみれば中国の燃料消費は経済活動など活動のためであり、日本は生活の快適性の追求の要因が大きいようにも思える。
 COP15が決裂するのも、燃料消費での先進国の実情と、発展途上国の実態という質の差を理解せず、数字(絶対量)だけで相手を批判していることはないだろうか。 
 もっともっと相互理解が必要と思っている。
 
 数字は量的な差を明確にする手段ではあるが、本質の比較には向かない。
 学問の世界もインパクトファクターなる怪しげな数字を使って、他を評価し、研究費を奪い合うようにさせられてしまった。 レミングってネズミは集団で川や海に突っ込むまで盲目的に移動して結果的に集団自殺になるらしい。 人間はレミングではないよね。