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新緑、山藤 を求めて亀山湖へ–GWの付録

 5月GWを充実して過ごしたが、亀山湖カヤックツーリングはコテージが一杯で宿泊が出来ず新緑の亀山湖は宿題として残っていた。 
 GWの快い満足感が残っていたので、9日(土曜日)の朝が明けてから「しまった、昨日から亀山湖に行っていれば2日間の・・・・・・」とやっと計画遅れに気が付いた。せめて1日だけでもと早速、宿泊の予約を入れて午後から亀山湖に向かう。
 今回も「つばきもと」(カーナビと予約 0439-39-2110 : http://lake-champ.com/tsubakimoto.htm )に宿泊し、桟橋を使用した。  
 約1時間半のドライブで夕食時間前に到着し、ボートを組み立てて確認。
 翌朝、つばきもとの桟橋から9時出艇する。亀山湖は普通、私有ボートは笹地区公園のボート場からしか出艇することが出来ないと思われている。 
 しかし、貸しボート屋さんの桟橋は1日1,000円で利用可能だし、レストランや商店のある桟橋で昼食や買い物する場合は無料で桟橋が使える(全て確認した訳ではないが、電話で問合せた範囲では)。

 亀山湖は山間の谷間に水が溜まった人造湖のため東西に細長く湖岸には25以上の橋が掛かっている位変化に富んでいる。   
 景観スポットの滝、文宝洞(通称は洞窟、実は「窟」ではなく「川のトンネル」)は西にあり、笹地区公園からは近いが、「つばきもと」からでは湖を東から西に少し漕力が求められるツーリング(つばきもと-八幡宮間約2km弱)になる。  

  
 笹地区公園以外の着艇・上陸・休憩のためには、亀山大橋近く、中央からやや東寄りに八幡宮の赤い鳥居があり、その近くにコンクリート製模擬丸太で作った巾10m位の護岸(飛び石)が使える。艇に触れる位置にネジが杭から出ているが注意すれば丸太の位置が乗降の足掛りに丁度いい。往復で2度上陸した。奥の渚に着艇しているカヤックもあり、トイレもある中継点になる。
 文宝洞の奥にも着艇、上陸可能な渚がある。  
 

 造ダム目的は不明だが、人造湖で外来生物種も陸封できるためか放流されたブラックバスの釣りが盛んな湖で、レンタルの釣りボートが多い。観光資源として「亀山湖のブラックバス」は外来有害種の指定除外が市議会で決議されたとか。バスは釣りには楽しいが不味く、記念的な超大型で無い限りリリースされるので魚も大きくなるまでは生活が安泰。ちなみに釣り針が刺さっても魚には痛覚がないので、痛みは感じないので幸せ。
 午後2時前に桟橋に戻り、つばきもとの水道で艇を洗い、艇を乾燥している間に着替えと喫茶。3時からの大浴場も使用して良いと勧められたが3時には撤収作業を終えて帰路についた。
 なお前回の浸水原因のピンホールは完全にメンテされていて浸水は0であった。よかった。

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[つづく]
 釣り人とカヤッカーの関係は、自動車とバイカーやサイクリストの関係と似ていて、実際多くの河川や湖、海岸で軋轢があるようだ。  
 リバーカヤックは流れ(川下りコース)と釣りポイントが交叉していて避けようがないが、静水のカヤックはゆっくりした静かな漕艇が基本動作だから、竿の反応に集中している釣り人の近くは避ける行動がし易く問題はないように思える。  
 そうして亀山湖ではいい関係が出来ているようだ。
 レンタルボート屋の人に方角を確かめても丁寧に説明してくれるたし、リリースしている釣り人に「それ小さいから?」とか声をかけても、釣り損なった釣り人への「逃げた?」には、「うん、ふけられた」と苦笑いが、さらに「いつもは1日で何匹くらい?」には、「10匹くらいかな」なんて笑顔の返事が返ってくる。    
 お互い違った遊びに熱中しているので会話は短い方がいい。   
 また竿を上げたタイミングを捉えて「前を通っていいですか?」と声を掛けて苦い顔をされたことはない。

 ところで「洞窟」は川がトンネルを抜けているが、海岸の奇岩、洞窟のように自然の侵食で出来たとは思えず、通り抜けながら不思議に思っていたが、これは房総の「川廻し」という文化遺産、遺跡のようだ。 
http://homepage2.nifty.com/woodland-trail/kikaku/04kawamawashi.htm

  周りの岩壁が不思議な層をしていた。 どうして出来た?  地質学的な名前は?  また好奇心が・・・。

 フムフム、少し分かってきた。
 この縞模様の層は清澄層で砂岩泥岩互層と言うらしい。さらにこの層の上に硬い凝灰質砂岩の黒滝層があり、この二層で「黒滝不整合」と言う地層を形成する。ここを水が流れると侵食され難い黒滝層の下の弱い清澄層が侵食されて滝になったらしい。 房総半島を横断する「黒滝不整合」は地質学的に有名な地層モデル地区らしい。
 次回はもっと知識を持って観察したい。

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漢方の効き目 処方分析 厚労省研究班

 GWを体育会系で過ごして、重要な要件を忘れていた。
 5月2日、朝日新聞朝刊第一面中央に「漢方薬 処方に指針 数万人の効き目 分析へ」の記事があった。
渡辺賢治(慶応大学)厚生省研究班主任は「経験に基づく伝統医学の匠の技について、きちんと科学的な根拠を示したい」と話され、期待するところ大である。

 昨年末の第一回「事業仕分け」の折、医療用漢方エキス製剤はOTC薬と重複し、本来のOTC薬製剤という目的に戻すため、医療用保険収載から外すという素案があり、大騒動の末に削除の検討は延期となった。
1.漢方エキス製剤は定食型、固定的で、医師が使用する医薬品の属性(患者個々人に合わせて自由に処方内容が加減出来ること)を持っていない。いわばカゼの患者に市販の総合感冒薬「○○○」を処方するようなものである。 医師は自由な処方構成が出来る医師の漢方治療をするべきであるという論点。
2.漢方エキス製剤は漢方煎薬の再現性に100点近い点数は与えられていない。不完全な製剤で、製剤規格の点からみれば現在承認されるOTC製剤の方が進歩している面も多い。 漢方医療の発展のためにエキス剤の規制について再検討する必要がある。
3.医療用収載条件の薬効再評価(8処方)が完了していない。
 …ということから鹿野は漢方エキス製剤を医療用保険収載から外すことに反対しない立場を取った。
 [掲載2009/12/26 漢方エキス製剤の今後の方向性

 今回の研究班は「患者の体質や症状などと、効果との間に一定のパターンを見つけること」とあるが、簡単にいえば「証診断と効果(病名等)との関係」を近代統計学的に表現しようということである。
 確か以前にもこんな話があったような…何か新鮮味がないようにも見える。 

 さて、もう一度提起したい。
  「方証相対」という立場で、古典記載の「特定の処方の証」で多種の患者を分類することは、固定的ではありませんか?
  「方証相対」という立場で、処方を基盤にするなら、その薬物(処方のエキス製剤)は品質的に信頼できるものである必要がありませんか?
 湯液の再現性が担保された製剤ではなく、儲けとバランスを取った製剤で効かなかった時に無効と結論できますか? その製剤のメーカーのための公的研究のようになります。

 まず確かな基盤にするために「煎じ薬を最も再現したエキス製剤とは何か」という点で製剤学的に根本的な検討を行い、臨床的な検討はその製剤(あるいは標準とする基準湯液)を用いる必要があるように思います。 
 今後の漢方医療の発展のためには、中国で普遍的で、世界にも普及しつつある「80%アルコール抽出エキス製剤」による伝統薬(漢方)製剤の是非、優劣も検討課題でしょう。
 また、厚労省は「漢方エキスは処方一括抽出に限定」しているが、中国の病院では個々の生薬のエキス(=単未エキス)顆粒が用意され、患者に合わせて自由に処方し加減する医師の治療が行われる。 
 日本も局方で「単味生薬エキス」を規定して使用可能にすることも期待されるが、医療用漢方エキス剤メーカーは反対でしよう。
 現在の(品質的に不完全な)医療用エキス製剤を用いて有効無効の臨床研究を進めれば、日本だけで通じる科学性、普遍性に欠けた結論となり、それでは日本は漢方ガラパゴスになると考えられます。
  本来、東洋医学会には真の不偏不倒の科学的学会として漢方製剤の基準と医療分担の制度の検討を行い日本の漢方医療の方針を示す指導性が求められます。残念なことに日本の漢方医療界も市場原理を執っていますから。
 経営基盤を医療用漢方エキス製剤iに置いて保守に社運をかけている企業の力は強く、それを守るお役人がいて、「漢方治療」のための充分な勉強時間が取れない医師の内の少なくない数が現状肯定なら。

     バンザイ! 漢方ガラパゴス日本!

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      荒川河口から柴又帝釈天まで
 2010GWの最後で快晴の子供の日のイベントは、一昨日は都内の中仙道探訪で50kmを走っていたのでBMW-Z4をオープンにしてのドライブも考えた。…が、高速道路は今いちの状態なので自転車道について調べてみた。するとCYCLING COURSE GUIDE「葛西から水元公園、柴又へ」がヒットした。
 (http://www.cyclesports.jp/courseguide/cyclingguide/011/index.html
 葛飾柴又! 帝釈天! フーテン(瘋癲)の寅さん! 矢切りの渡し! そうか、まだ行ったことが無い。
 そこでこのガイドに従って荒川河口から中川沿いを辿り葛飾柴又に行く「帝釈天に参る30数Kmのサイクリング」で、矢切りの渡しはすぐ近くだが付録とした。
 コース説明は出発点(①の横が我が家)からゴールまで上記のガイドとほぼ同じなので詳細は省く>
 (人真似が嫌いなのに、同じコースとは……。 まあ「先達は有らまほしきかな」の線だ)。
左に見える川は荒川、そして右に見えるのが中川。生活の中の川という印象。 踏切は東京名物の「開かずの踏切」のひとつで、現在は高架の工事中。
  

 四ツ木に将軍家の祈願所という木下川薬師(キネガワ)があった。藤が満開で綺麗だった。オジサンとオバサンの「9日までもたないな」というのんびりした会話が聞こえてくる。9日に何か祭事があるのかも。
 門の横に馬頭観世音の像があり、その台座は溶けてしまいそうな「三猿」だった。
  

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  一度は帝釈天に……とやってきたが。

  ところで帝釈天とはなに? 
 通称「柴又帝釈天」は、本当は日蓮宗の経栄山題経寺といい、日蓮聖人が自ら刻られたという帝釈天がご本尊である……と経栄山題経寺の公式HP : http://www.taishakuten.or.jp/index2.html には間違いなく「ご本尊は帝釈天」とある。
 帝釈天はインド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』の軍神インドラで、釈提桓因(シャクダイカンニン)と呼ばれ、梵天と共に護法の神として、須弥山に住む神々の統率者という。正法を護持し、柔和で慈悲に富み、真実を語り、正法に従う帝釈天は三十三天の主であり、四天王を統率し、人間界を監視しているという。
 フムフム・・・だとすると……これって日蓮宗のご本尊…? と思ったら、「 帝釈天が経栄山題経寺のご本尊と思われがちだが 日蓮宗寺院としての本尊は、帝釈堂の隣の祖師堂に安置する「大曼荼羅」である。「大曼荼羅」とは中央に南無妙法蓮華経と大書したもの(いわば掛け軸)とWikipediaにはあった。これなら納得!
 18世紀末頃から帝釈天信仰が高まり、この寺でも脇役の帝釈天の方が有名になって、とうとう帝釈天といえば柴又帝釈天のことを指すまでになったそうだ。 
 さらに庚申信仰と帝釈天の庚申日の縁日が関連して多くの参詣人を集めるようになったそうだ。

 近代以降も東京近郊の名所として扱われたが、何と言っても「男はつらいよ」の寅さんが産湯を使った寺という設定で有名になったようだ。「男はつらいよ」のロケ地になった団子屋はちゃっかり「とらや」と改名して虚構を現実化し、シリーズ上映中は大勢の団体客が訪れたが、同シリーズの終了とともに観光客が年々減少しているという。
 でもさすが快晴のGW、「だんご」と「川魚料理」は一杯の観光客の行列で、昼食の川魚料理を諦めた。代りにいろいろな店の「食べ歩きだんご(要は1本売り)」を3ヶ所で買い食いし、さらに門前の屋台の「たこ焼き」を買って古道具市の外れの縁石に座って食べながら的屋(テキヤ、本当は古道具屋)のオヤジさんと掛け合いしての庶民的な時間を過ごした。 
 

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 「矢切りの渡し」は歌で聞いた。
 矢切りの渡しは、江戸から水戸街道の途中の柴又から矢切りに渡る今も大人ひとり200円の渡し賃の渡し船である。
 普段は自転車も乗せてくれる余裕があるそうだが、この日は観光客ばかりが満員で往復乗るのでひとり400円計算ならかなりの収入になっているはず。

 

 ところで屋切りの渡しのある江戸川の堤防には「海まで16.5km」とあった。荒川は「河口から8km」とあり、隣り合う川なのに自転車道の標識が逆になっている。この発想の相違の根拠はこれまた好奇心を刺激する課題だ。

 屋切りの渡しから江戸川自転車道を下り、江戸川と旧江戸川を分ける水門(みだりが江戸川、右が旧江戸川)を横目に旧江戸川沿いを走る。
 途中で新設された江戸川水辺スポーツガーデンのローラーコートの横を通るが、ここは私の遊び場のひとつ、インラインスケート場の青いラインが見える。
 東京は「水の都」とも呼ばれるが、住宅街のいたるところに憩いの場、子供の遊び場としてのせせらぎの水辺公園がある。高層MSもいいが、これが成熟した街の姿なのかも。
  

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東京スカイツリー368m を見る江東区の河川Kayaking 10km

 GWの憲法記念日には南房総の亀山湖でKayakingを楽しむ予定であった。
 朝、ベランダから遠望出来る高速道路の千葉方向の渋滞を見て、森の湖の野田知佑的世界は混雑ではないと、亀山湖Kayakingを先送りして建設中の東京スカイツリー(5月3日現在 368m/634m)を見に行くこととした。

 亀山湖のKayakingの代りだから「東京スカイツリーを見に江東区の4河川をカヤックで巡る」というイベント(参加者 約1名)にする。
 艇庫から旧中川を北上し、北十間川に入りスカイツリーの建設現場まで西北に漕ぎ、少し戻って横十間川を南下して小名木川に入って東に向かい旧中川に戻って北上して艇庫までとなる。江東区の4つの河川を丁度、四角形に巡って10kmになる。
 東京スカイツリーまでは微風で漕艇は楽であった。小名木川では向かい風、時に川端のビルによって風向きが変わるのか横風の突風が吹く。小名木川から旧中川に曲がる所では強い横風に煽られ、旧中川に入っても強い追い風で直進が意外に困難であった。 
 無事に一周して東京スカイツリーも見たので漕艇は終わりとして帰宅し遅い昼食を摂った。 

 旧中川の艇庫の近くからもスカイツリーは見える。これでまだ半分の高さ!

 北十間川はスカイツリーのすぐ傍を流れているため旧中川から北十間川に入って漕ぐほどに近づくスカイツリーの景観は素晴らしい。

 東京タワーは裾が広がり尖った形のため、下から見上げた時に空に向かい細くなっていく曲線による遠近の錯覚と吸い上げられる様な印象で高さを感じる。 
 しかし、スカイツリーはすでに東京タワーの高さ 333m を越した368mであるが、 基部から中間(現在の到達点)まで、余り太さの変化が見られない。この円筒設計のズン胴で下から見上げても遠近感が強調されないため「高いな~!」という印象を与えない。 「これで東京タワー以上?」と確かめたくなる高さ。さり気なく高い。 
 ただ、先日の自転車ツーリング中でも、荒川の思わぬ場所からスカイツリーが遠望出来て驚いたが、これからは東京のランドマークになることは確かである。
 (追記) 5月4日朝日新聞朝刊では、東京スカイツリーがもうすでに千葉県市川市や埼玉県大宮、さらに高尾山からも視認できるという記事と写真が掲載されていた。 我が家の近くの葛西臨海公園の大観覧車からは当然見えるらしい。  

 最近気になる河川の水質のこと: ちなみに横十間川と小名木川の水は綺麗で、北十間川のスカイツリー側は綺麗だが、旧中川と北十間川の旧中川寄りは淡褐色の藻が一杯浮かびパドルに纏わりつく汚れがあった。
旧中川(最初の写真)や北十間川(スライドショー)の水面に群雲のように何か浮いて見えるものがそれです。

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 荒川サイクリングロードから中山道を走る 
 5月1日、今年のGWは天気に恵まれる。
 メーデーは旗の波、シュプレヒコールの労働者の祭りという思い出だが、不況、就職難、リストラの時代でも労働者は要求せず、主張せずで、首を竦めているだけのようにも見える。
 今年は上海万博の開幕日。大阪万博の頃から日本も発展した。 中国の順調な発展を祈りたい。

 まず「河口から25km」の標識まで、自宅(荒川河口)から緩い追い風を受けて荒川河川敷のサイクリングロードを快調に走る。
 江戸川区⇒江東区⇒墨田区⇒荒川区⇒豊島区⇒北区を通って25km地点で対岸に渡ると埼玉県戸田市である。戸田競艇場の傍の荒川でレガッタの練習を見て休憩する。 
 

 東京側(練馬区)に戻り旧中山道(現17号線)を日本橋まで「東京都内の中仙道」を辿る。 日本橋から荒川河口の自宅までも含み1県11区を通過する、約50km位のツーリングであった(都内の中山道点景は次項参照)。
 中山道沿には別な庶民の生活感が残されていて癒される空間がある。中山道に面してテラスのあるピザ、パスタとカレーの店があった。木漏れ日の下での昼食は美味しい。
 お岩通り、本郷・東大赤門、湯島聖堂、秋葉原から「お江戸日本橋、七つ旅」に着く。
 日本橋は東京五輪のために上空に高速道路が走る。何か心を失くしているように思うのは懐古趣味かな。 
 永代橋の上から見えるウオーターフロントの高層マンション群も素敵だ、だから「日本橋に青空を取り戻す」案は(経済振興策とは別な立場で)賛成。  
 
 

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都内の中仙道点景

   -お岩通り-
 中山道を辿って巣鴨に到り、「お岩通り」という看板に出会う。
 四谷怪談のお岩といえば牛込/番町皿屋敷のお菊と並ぶお江戸の定番怪談話。でも四谷は新宿区だから、この「お岩」は誰? 
 真相はお岩の墓のある妙行寺が四谷から巣鴨に移って、四谷の陽運寺と巣鴨の妙行寺の両方にお岩の墓があるからだという、ちょっとしたお墓が二つの怪談。
 残念ながら「お岩商店街」は、お岩の愛に応えきれずに人通りは少ないようだ。

   -湯島聖堂・杏壇-
 湯島聖堂の杏壇門:杏壇は孔子の教授堂の遺址(山東省曲阜)である。宋の乾興の時代に、教授堂(講堂)の跡地を瓦敷きの壇(高台)にして周囲に杏を植え、金代に党懐英が「杏壇二字碑」を建立。のちに門が建てられて杏壇門と呼ばれたことから、孔子を祭る湯島聖堂にも杏壇門がある。
 杏と言えば杏林だが、杏林は「古代中国の董奉が、多くの人の治療をし、治療費として杏の木を植えさせたら、数年で杏の林になったという董奉(神仙伝)の故事で医業のこと」。医療には赤ひげ先生、董奉の仁も求められている。
 杏って、いろいろところに関係があるんだ。
そういえば杏仁の基原植物として京都大学の薬草園の学生寮との間に植えた杏の木が、すぐに大きな樹に育ったことがあったな~、あれはどうなったのかと懐かしく思い出した。

   -自転車専用と自転車道- 
 湯島聖堂から秋葉原への中仙道(17号線)では車道に自転車専用という青いラインがあった。公園的サイクリングロードではなく生活一部の自転車レーンである。
 私の住む葛西では歩道に青いラインが引かれて自転車用になっているが、ここでは歩道を自転車(軽車両)用に分割するのではなく「専ら自転車の通行の用に供することを目的とする道路の部分」として車道に「自転車専用レーン」が設置されている。
 しかし自転車走行対策が世界的に最も完備しているオランダでは赤い「自転車道」があるという。オランダ、デンマーク、スウェーデン、さらにヨーロッパ諸国では「車道」、「歩道」に対等な「自転車道」であって、車道や歩道の分割、間借りではないという認識である。
 実際、日本では自動車優先で「自転車は歩道を走るもの」という認識があって、車道を走っていて(警告的な)幅寄せをされ、今回も山手線内では2度警笛を鳴らされた(みんなイライラしている)。
 また、青い自転車専用ラインに自動車が駐車していた。自転車道という点からみれば、車道との間に縁石や植木があって他の進入を防ぐと良いといえるが、「専ら自転車の通行」は他と共用であって専用ではない。諸般の事情で日本では無理かも。