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昔の知恵――蚊帳

 和気の町は低いながら山々に囲まれ、京都と同じ盆地気候である。
 梅雨明けして以降、日差しの中はクラクラして熱中症の文字が頭をよぎるが、一旦家に入ると吹き抜ける風が爽やかで涼しく充分耐えられる。

 近所の人達からは「この建物は特に良く出来ている」、「壁が土壁だからね」などと講評も付く。
 日中は30数度でも朝晩は涼しく、そこで窓、縁側などあらゆる口を開けはなしていると風が通り抜けていくので今のところ 薬証会で一つ部屋に数人の大人を詰め込む時以外にはエアコンはまず不要である。
 吉田兼好は「家の作りやうは夏を旨とすべし」と教えた。黄雲泊舎は全く兼好の説通りに立てられている。

 とうとう寝室風の通路に解放するために蚊帳を買った。ベッド1つ分、3畳用のメッシュ蚊帳で四千円弱。

 部屋は完全に開けっ放し。信じられない位の寝心地の良さである。 
 (ホテルなどで)エアコンから吹きつける人工風は全く馴染めなかったし、身体に悪い。 ちなみに蚊帳を吊ってエアコンを掛けると冷房風を除けるようになるらしい。
 もちろん、防虫剤も不要。自然のまま。

 「蚊帳の外に置かれる」とは「無視されること」だが、夏の夜、蚊帳の中は最高にいい。

 開け放して泥棒は・・・?  大丈夫、取られて困るものは家の中にない。 

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反魂丹と返魂丹と和気
         さらに–薬草研修館

 「反魂丹」は富山の有名な売薬である。

 和気に来て知ったこと
 和気(益原)に住む医師・万代常閑が唐人から胃腸薬の処方を教わり、延寿返魂丹という家伝薬とした(1330年代末)。
 江戸城における越前藩主松平公の腹痛を備前藩主池田公は延寿返魂丹で急場を救った。
 それを見た富山藩主前田正甫公は万代常閑を富山遊山に誘って呼び寄せ、延寿返魂丹の処方を教えるように乞うた(「乞うた」そうだがこれって恐喝。教えなかったら「藩主に恥をかかせた」と侍共が怒り、水戸黄門が居ない限り生きては帰れないのがその時代でしょうからね)。
 こうして秘伝処方を知った富山藩と薬種商松井屋は延寿返魂丹の返を反にして延寿反魂丹と名を改め、さらに山伏の秘伝薬(熊胆製剤)などを集めて、幕府の承認を得て配置売薬を全国に展開した・・・今でいう地域振興策の成功例。

  和気の万代家は常閑の名で21代まで医業を継がれていたそうだが、富山大・和漢研に居て、富山の医薬品開発に協力してきたが、まさか反魂丹の祖の和気町に住むとは思ってもみなかった。

 富山の妙国寺に万代常閑の墓があり、薬種元祖として大切に祀られている墓には線香の煙が絶えないとのこと。
 岡山の万代常閑の墓は益原の鵜飼谷の入口の右側、ちょうど塵埃焼却場のすぐ上に位置する」とある。 
 これでは和気の万代常閑の墓にはゴミ焼却の煙が絶えないことになる。 

 そこで和気在住のご挨拶に行って確かめることにした。


 場所は全く別で、正しくは「塵芥焼却場のずっと手前。鵜飼谷温泉ホテルの向かい側に入口のあるハイキングコース沿い」になる。 
 あれっ? 移転したのかな、
 少なくともゴミ焼きの煙は関係ない。良かった。

  反魂丹と返魂丹の展開は リーダーの資質、先見の明が明暗を分けた結果となっている。
 やはり岡山より環境に優れない富山の方が切実感が強かったことになる。 

 ところで万代常閑家の墓の前の鵜飼谷温泉は温水プールもある立派なホテルである。
 この次は友人の宿泊に勧めたい。

 墓地を探していく途中、薬草研修館の標識があった。入っていくと建物と薬草園があった。
 これが鵜飼谷温泉と万代常閑を結ぶ観光施設として某組織が作った薬草園だが、利用不振で町に押しつけてしまって今は町の施設でホテルの管理らしい。
 でも眺めたところ薬草関係はほぼ休止状態に近いかなという感じ。ハードだけでソフトが無い問題は「仏作って魂が入れず」って諺にもあるが。


 薬草館の再興に協力して、薬草館の一部に山茱萸、山梔子、麦門冬など和気の土地に合った漢方薬草木を植えて薬草で観光資源を創り、同時に特産品の生産に発展する町起し事業のセンターとしても活用できるといいと思う。 
 私の漢方薬標本2000種余りは薬草館の展示物として利用も可能である。これだけの標本は全国でも数少ないと確信している。
 お役に立ちたいので支援して下さる方々や町の関係者の方々にお願いしてみよう。

[上は薬草研修館、左は薬草園(?)]

「昔の和気を探る-7-万代常閑家」 和気町歴史民俗資料館(1994)ほかを参照

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和気薬証会スタート !!

 和気における薬証会の漢方講座は22日の午前午後で第一期(26人)の2組が終えた。
 当初の基礎講座の予定が、実際には超ベテランからビギナーまで参加頂いた。

 
 「教師は学者、役者、易者、芸者、医者の五者たれ」という教職時代の座右の銘を思い出し、一定の準備はしたが、何よりも「講義をする知識を忘れ去っていないか」、「自分の知識がまだ必要とされているか」という疑問、「理解し易く退屈しない話を続けられるか」という不安があった。

 今、第一回を終えて、話の内容や進め方に反省点があるが良い参加者に恵まれて「きっと、最後までやり遂げられる」という自信が少し持ててきた。
 その中で、和気の薬証会は鹿野だけが教師ではなく、講義に合わせて「全員が五者になることを目標」にしようと思い至った。
 ベテランは補足し、経験を伝え、自由な討議をしながら知識の再確認と討議による補強を、それらを通して初学者が力を付けて頂ける同学者の集いの機会と場として提供すればいいのだと気楽に考えることにした。
 だから鹿野の講義は日本漢方や中医学の用語の相違を越えて共通用語と知識、思考の共通基盤をそろえるために行うものとしたい。 
 
 いずれにしても、和気黄雲泊で薬証会が再開できたことを1977年設立から今日まで支えて頂いた多くの人達に感謝したい。
そしてご参加の皆さん、ありがとう。そしてこれから宜しく。

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スイカの収穫 !!!!

 スイカの蔓が枯れて待ちに待ったスイカの第二号の収穫である。

 第一号は日数計算と大きさで収穫したが未熟であった。村田さんの「スイカの付け根の巻き蔓が枯れると収穫時期」という教えで収穫した。
 
大きい、大きい。

 それにしても大きい !!
 こうなると、どうしていいか分らない。
 ひとりでは食べられそうにないし、ご近所もスイカは作っているだろうし。
 宅急便で送るには重すぎる。
 どうしていいか分らない。 半日は考えてみよう。 第一号が未熟だったから、第二号は腐る前に。

  ついでに収穫済のカボチャの一部も一緒に写真に撮る。

スイカは切ればお見事、
熟し度 95点 !!
美味しい !!

スイカを秤量
  8分の1切れが2kg余。
   何と・・・
   16kg超級

さらにトマト3種類が豊作期。
 小さいのはミニシュガーで甘い。もう一種類はマイルド、最後は普通のトマト。
 トマトとスイカで満腹になった。

  オレは人間か?

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お届け物あり !

 今日もまた嬉しいお届け物があった。
 まず最初、お昼に御近所から桃が3つ。

 続いて昼過ぎに棟梁がニンニクを蒸し加工して作った黒ニンニクを持ってきてくれる。
 とても美味しい。

 この技術は山茱萸の健康食品加工に役立ちそう。写真下。 
 

 夕食寸前に鹿猟で取った鹿肉を揚げたら「美味しかった」と熱々の鹿肉フライが届く。
 もちろん、「共食いだぁっ !! 」とは言わずに本日のメーンディッシュ。
鹿肉は脂が少なく美味とはいえないそうだが、揚げると確かに美味しい。でも鹿肉の中華料理は結構美味しかった。要は料理次第。

 ところで鹿肉や猪肉は害獣駆除で得られるが、猪肉に比べて鹿肉が脂が少ないのは健康食品と考えて、鹿肉に漢方薬を加えて味を調整して和気薬膳鹿肉として開発すれば、 地域特産物の開発、消費が増えると害獣駆除の促進の一石二鳥で、皆んなでわいわいがやがや、あれこれ開発する楽しむ時間が得られる。これが一番
 黒大蒜(黒ニンニク)を加えれば、第一号が出来そうにも思える。
 鹿尾の肉はマムシ、オットセイ等に並ぶ強壮剤。
 中華料理には鹿肉がかなりある。日本は料理に使う鹿肉を「もみじ」という。いろいろ調べてみよう。 

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 梅雨が明けると晴耕雨読はない  

 和気の朝は夏布団ではちょっと涼しい気がする温度だが、9時前になるとクラクラする日差しと気温の上昇が始まり、畑に長居は無用。まるで京盆地のよう。
 晴耕雨読の生活なんて粋がっていたが、梅雨が明けると「晴れは毒」「雨は憂鬱」なので晴耕雨読改め晴毒雨鬱 が適当。
 そんな中でも水さえやれば植物は元気一杯。
 早朝と夕方に水やりをする。幸い散水用軽量ポンプを手に入れたので苦労という程のことは無い。
 水さえやると・・・。

 加茂茄子は焼いて定番の田楽味噌でよし、ジャムでよし。 これは近所でも関心が高そう。

ミニシュガートマトは今年のヒット。フルーツトマト程ではないが、甘くて美味しく畑での作業中のオヤツにひとつまみ。

 カボチャが大豊作、京芋、スイカ、トマト、胡瓜、人参、ネギ、ししとう、ピーマン・・・みんな元気。

 鷹の爪は元気よく空に向けて爪を立てている。

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ジャガイモの収穫

 梅雨の晴れ間で、ジャガイモの苗も枯れてきたので掘り起こすこととした。
 我が群青色のSAVOIR S21F(一輪車)に積み上げ、一年生としては上出来と満足の笑み。
 (青色ならカーチスR3C-Oだろうとは言わないで。豚派だから)

 しかし、点検してみると穴の開いたものや土の上に顔をだして緑色になったものもあり、3割近くが傷物で、そのうち1割は廃棄、2割は自家用ならOK程度であった。
 隣の畑の国近さん(畑の我が師匠)、一目見て「虫に食われたな」。
 教訓 : やはり完全無農薬(正しくは植えたら放置)は無理で、追肥や消毒(虫対策)などいつも気を配ることが必要である。来年は余裕があるのでいろいろと。
 

 皮を傷つけたり小さい虫食いの程度でも傷物のジャガイモは保存中に腐ることがあり、急遽、加工することとした。 いろいろ考えた結果、まずポテトサラダにする。
ジャガイモを茹でている間に保存中の玉ネギの他は、畑からピーマン、人参、胡瓜を、そして風味附けにパセリなどを集めて作る。
 ハムも無いので動物性はマヨネーズの卵成分のみとし、隠し味にコンソメ顆粒を少し加えたシンプルな塩胡椒味。
 短時間で手に入る野菜だけで作った野菜サラダだが、結構イケテル、美味しく出来たと思う。(写真のトマトも自家製で小さいトマトはミニシュガー) 

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答礼訪問・・・悲喜こもごも

 和気に来てから我が家庭菜園に京野菜の苗を送ってくれ、栽培法をいろいろご指導してくれた妹は、その後、伴侶と共に来訪し、またひとりで愛車アルファロメオを駆ってきてくれた。
そんな訳で丁度雨と晴の繰り返す梅雨時期は遠出には幸いと、答礼訪問に奈良までドライブした。

 見せてもらう約束のドイツの情景模型(Diorama)の中を走るN-ゲージ日本の新幹線や在来線貨物列車なども、理屈抜きに特に違和感もなく楽しめた。


 Dioramaは本当の細々とした部分にも手が加えられていて、設計中や作っていく間にもIdeaや空想の楽しみがあり、世界的に愛好者が居ることが理解できる。


Dioramaの外れに砂浜の海岸があり、「男の子が母親のブラジャーを持って逃げている」という解説を聞くと思わず製作者の病院長の顔を見てしまった。左写真

夕食はローストビーフと和気の野菜。
ここまでは喜び。
 しかし・・・食後のデザートのために丹精を込めたスイカを持って行った。

見事な大きさで自慢のつもりが切ったらほとんど白色。未熟。 大悲劇

 右手には中国で買ってきたスイカ専用の包丁で今回が初。使い勝手と切れ味は良かったが。
ああ残念!!!

追伸 : 今朝、村田さんに尋ねたら、「今年は日照不十分で大玉のスイカは時間がかかっている。先日も友人が大玉をもらったが、まだタネが白くて熟していなかった。タネが黒くならないと駄目だね。受粉して何日といって日付を書いた印を差すが、2反も植えるとそんなことはしていられない。やはり大きくなったスイカを1つ1つ調べて蔓が先から枯れてきて完全に枯れたのを確かめて収穫するのが良い」とのこと。確かに。よし、来年は一歩前進するぞ。

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やられた~!!

やられた~といっても我が黄雲泊の問題ではない。
 7月5日の山陽新聞に依ると、先日サンシュユ植栽地候補として紹介され、調査に行った「和気すもも園」ですももの盗難があったそうだ(写真)。
 
 見学当時(2012.6.30)、管理人の方がひとり居られて、さらに防獣柵のどこをどうして通り抜けたのか柵内に鹿が一匹いるそうな。当然、鹿の食害があるので可哀そうながら管理人以外は猟銃会にとのことだった。
 ところが鹿よりも食欲旺盛な動物が出たそうで管理人の不在の間に1500個、140Kgが消えたらしい。
 
 この後背地の斜面にサンシュユを植栽する案もあるが、サンシュユを植栽すればサンシュユ景観の季節でなくても自然と人の出入りも多くなり、果実が消える機会も少なくなるだろう。
 いろんなことが連なり合って総合化されるようになれば良い面がさらに強まるだろう。
 今冬にはここにもサンシュユを試験植栽をしたい。  
 もちろん町有地だから町の承認が居るが、それは町会議員さんの協力が期待できる。