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秋 風物詩 追伸

[ 干柿 ]  
干柿が熟してきた。
モミモミすると食べる時タネがはがれ易くなると石野芳子さんから教わり、やってみたらモミ過ぎてチョット破れたので、その1個は食べた。
もうすっかり美味しくなっていた。

[ ザクロ ] 
庭にザクロの大きな木がある。
 今年一年は特に手入れはしなかったが、沢山の果実が実った。
少し切って玄関に投入流の活け花とした。
 なんか嬉しい。

[ サンシュユ ] 本命のサンシュユ・・・黄雲泊に移植あるいは育苗中のサンシュユは実りは多くないが、百数十本の苗木や樹自体は全て年越しが出来そうである。

栃木県のAさんに畑用(生産型)として剪定し、養生をお願いしていた50本のサンシュユについて問い合わせたところ、「ご依頼通り1.2mで剪定して畑にあります。いつでも掘り起こして送れるので、移植時期の連絡を待っています」と返事があった。
 景観用のサンシュユの本数も近日知らせてくれるそうだ。
これで来春の植栽計画が進む。
 ところで2,500個の種子の播種はいつするかな。
[ ムカゴ ] ヤマイモはむかご飯が食べたくて植えたが、山芋も食卓をいろいろ賑わせた。

 そして今日、畑のヤマイモを片付ける時にムカゴを集めたが、思ったほどは集まらなかった。
 やっと20粒位、1.5合の新米に足す程度。
 炊いてみて中々の出来、食べると新米の良さはしっかりと残り、ほろ苦さがやや足りない感じがしたが、
ムカゴの食感も上出来。
半年振りに思いを遂げた。
お芋ご飯] ムカゴ飯を食べたら急にお芋ご飯も食べたくなったので、収穫してあったサツマイモを炊きこんだ。

 芋は甘くて美味しい。
 子供の頃は、芋ご飯だと 「また、芋ご飯か」 とかなりがっかりしたものだったが、あの戦後の貧しさのなかではこの美味しさが判らなかったのだろうか。


立冬] 明日11月7日は立冬、秋の最後の日で冬の始まりの日。
 吉田兼好は「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き悪ろき住居は、堪へ難き事なり」といい、我が家の夏は涼しく正に兼好式である。
 そして冬近く、居間には冬の日差しが入り温かく、広縁を越して雪見障子を通して室内に日が入る。


 南面する部屋は夏は風通し良く涼しくて、何と冬は日差しが差し込みポカポカと暖かい。 
 今更ながら古人の知恵や経験の深さに驚くばかりである。

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備前焼の窯焚

 普段からいろいろお世話になっている方の石野泰造さんは備前焼の陶芸家で、海外の大学の芸術学部で教鞭をとられたこともあり、石野泰造作を愛好する人々が多く、例年のごとく今年も11月末に東京目白で個展を開かれる。
 石野さんの登り窯は年に1,2回窯焚が行われるが、これは1,2週間も昼夜なしに薪がくべられ10kgの薪1500束以上を燃して1,200度近い温度を保つ大変な作業である。
 今までは当然実見の機会が無かったが、目賀隆青さんが誘って下さり、石野さんの窯焚を見せていただいた(写真)。



 薪を投げ入れる時の窯の奥には真っ赤に焼かれている作品が見える(下写真)。
 いつか時間を作って泰造さんか息子さんから陶芸を教わって自分の作品を創ってみたいものだ。

[余禄]  窯焚後に窯の周りは清掃され、窯出を待つが、冷えるまでの部屋の余熱はいろいろ有用である。

 奥さんの石野芳子さんは窯の余熱を干柿作りにも利用され、窯焚に合わせて柿の皮剥きをされるとのこと。
 そこで柿の皮むきを手伝った(←写真、左が芳子さん)。

 丁度雨が降り出し、自宅の干し柿が濡れてカビが生える心配が出てきたが、窯出後の余熱利用に便乗してチャッカリ我が家の吊し柿も窯の傍に避難させて頂くことにした。芸術家の聖域で干柿の乾燥とは何か恐れ多いことだが。

[以上、写真は目賀さん提供]

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田舎の秋

 田舎に秋が来た !!    …となれば、軒先の干し柿は定番の風物詩。
 JAセンターで池○○正さん出荷と記載された「つるし柿 1,000.-/5kg」を見つけて買う。
 スルスルと皮をむき、友人の棟梁につるし方を聞いて軒先にぶら下げる。

うん。見事な秋だ。

 柿吊り作業をしていると近くの○田さんが備前焼の皿と、同じくビールコップ(6客)を持ってきて、使って下さいとのこと。

 備前焼の容器にビールを注ぐとなかなか温くならずに冷たく美味しく飲めると聞いていたが…すげぇ・・・!!
本物を見たのは初めて…。
 早速、お皿は玄関に飾って
備前の家らしくなり(←写真)
 ビールコップは…。

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岡山の祭寿司

 備前岡山藩主池田光政公は質素倹約令を出し「食膳は一汁一菜にせよ」とした。
 藩の民は、せめてお祭りや来客、祝い事の時の食膳を華やかにしようと、工夫をこらして沢山の魚介類や野菜など新鮮な山海の珍味を盛り込んだ寿司飯を作り上げ、これを一菜とみなし、それに汁物と合わせて一汁一菜としたそうな。
 これが今の岡山に伝わり郷土料理となった「祭寿司」のいわれ。

 今日(10月21日)は地元の氏神様、由加神社の祭礼日。
 薬証会が午前、午後とあるが、午前の最中に目賀隆青さんが届けて下さった。

 祭寿司は各家庭で少しずつ異なっているようだが、これは目賀さんのお母上が目賀さんの奥さんに伝え、さらに奥さんが料理の専門家の腕(舌?)でアレンジされたという目賀版祭料理。
  エビ、アナゴ、鰆の酢〆の海の幸、レンコン、シイタケ、ニンジン、ササゲ豆、カンピョウにゴボウも、そして錦糸タマゴと紅ショウガが色彩りを添えて食欲をそそる豪華盛りつけ。
 ひとつひとつの具材にその特徴を生かす味付けがなされているが、これは目賀さんの奥さんが昨日から準備をして、今朝も早くから取りかかっておられたお陰、全くお手間入りのご馳走である。

 丁度、神輿を引く子供たちが裏の参道を歌いながら通る声が聞こえる。それを聞きながら昼食に祭寿司を賞味させて頂く。
 心のこもった美味しい祭寿司を味わいながら、和気に来てよかった。いい知人、いい友人が出来てよかったとしみじみと思う。
 註 : 祭寿司については全て目賀隆青さんから。

 庭に出ると隣の国近さんが「カノさん、カノさん」と呼ぶ声が聞こえる。
 用水路の傍におられる国近さんのところに行く。
 国近さんはサワガニ漁の権利を持っておられ、今日はサワガニが大漁だったそうで用水路に浸けた生簀にカニがガサガサと音を立てている。大きな一匹を下さる。

 今日は祭寿司にサワガニ。 そして盛り上がった薬証会。
 なんとまあ、豊かな食膳、幸せな日々だろう。 ありがたいことだ。

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サツマイモの収穫に栗も

 10月14日、先日隣の畑の国近さんがサツマイモを収穫されたので、私も全て掘り取ることにした。
 サツマイモは荒れ地好みで肥料を入れるとスジが多くなるとか、水をやると腐るとか、いろいろ聞かされ、田からの転用畑では過剰養分が心配で、モミガラを多量に入れ、落ち葉を焼いた灰なども入れたりして工夫した。
 その割には雑草は生えるままにして自然栽培に近い杜撰さなので収穫まで心配であった。
 3種類のうち、ムラサキイモは珍しいが栽培が難しいのかかなりの大きさにはなったが焼き芋の味はほとんど無く失敗作。

 皮が白っぽいイモは比較的サイズが小さいが焼き芋にしても十分上手い。
 中間の色のイモは、なんと子供の頭くらいのイモが獲れ、全体に収量も良い。

 もし、ヤキイモにして味が良ければ来年はこれだ。


 さらにチョット風が吹いたら庭に栗が落ちてきた。これからまだまだ落ちてくる。
 何と恵みの秋 !! 

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山薬(サンヤク)-ヤマイモがとれた!

 久しぶりにムカゴ飯を食べたくて春にヤマイモを植えた。
 ところがムカゴは意外に少なく残念に思っていたが、5本のうち、1本が枯れた。
サンシュユの播種用の畝の整備が終わり、家に戻る途中、軽い気持ちで掘り起こしてみた。
 何と大きなヤマイモが縦に伸び、粘土層で行き止まりとなって横に広がっていた。これは大変である。
 スコップなどの道具を取ってきて本腰を入れ掘る羽目になった。結局、大きな穴が出来た。

 写真で縦にゆがんだビール瓶のようなのはヤマイモの主根で、さらにその下にモコモコと根が横に広がっている。手前の細い根は種芋。比較はペットボトルのキャップ。

 予定外の収穫であるが、先ず、出し汁を沸騰させて皮を剥きながら投げ込み、ヤマイモあっさり煮物にした。
 皮剥ぎは包丁で始めたが、危なっかしく扱い難いので、スプーンのヘリでこすってみたら、極めて簡単に皮剥き作業が出来た。
 美味しい !!
 漢方ではヤマイモは山薬(サンヤク)といい、八味腎気丸などに配合される滋養強壮剤。
 さあ、明日も元気だ。

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朋、遠方より…
 いや…、
 息子、遠方より来る。 亦 楽しからずや

 臨床心理士として働く息子は「常に待ったなし」の日々、普通の勤務者のような自由時間は不自由時間。。
 暦の上の休みは即休暇とはならずに、毎々月の予定が順延された結果であるが、同僚の理解を得て10月6日から8日の3連休に休暇を調整することが出来たそうである。

 いずれにしても岡山駅改札口に息子が身長180cmの身体を現した時は久しぶりで嬉しかった。
 
 6日午夕方は丁度薬証会2組の講義の日で、一緒に聴講して貰った。

 その後はいろいろ近況報告もあり、意見交換もあり、単なる友人とは異なった交流の時間があり、お互いに父親の生き様、息子の生き方を理解しえたと言える。 
 すっかり大人同士の会話。
 また心理学の立場として、薬証会の講義に出てきた「情動と情緒」の相違について解説してくれた。
 へぇ~、凄い。 立派になったものだ。
 7日は和気町内を案内し、途上で普段お世話になっている知人宅に挨拶に廻った。

 8日は肥料の運搬やサンシュユの苗床の堆肥入れ、水やりを手伝ってもらい、ピザキングで昼食。
 滞在日時がみるみる過ぎて午後4時前、息子は和気駅を発った。 
和気駅で見送ってからの息子のメールは「また来るよ」…。 

 [親馬鹿的追加] 息子は仕事や論文書きの合間に「歌劇アロマフロート」を主催し、ライブ喫茶で、仲間とそれなりに人生を楽しんでいると聞いた。
  ユーチューブ http://www.youtube.com/watch?v=PHXi0qC-36I の語り手が息子。 
 宜しく !!

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狂言を観にいく(後楽園能舞台)

 狂言は、最初は中学生の時から祖父に連れられて京都円山公園などで観賞し、身近ではあったが、北海道では縁がなかったので、狂言観賞は本当に久しぶりである。
 
 10月2日、いつもいろいろ気にかけて下さる駅前の旅館杉金の女将が訪ねて来て下さった。
 実は中秋の名月ということで月餅(中国からの渡来物)を届けたが、そのお礼として、渡り蟹などと一緒に「先生は狂言を観ますか ? 」と狂言会のチケットも届けて下さったのである。
 

 さて・・・、2枚ある。

 そこで普段仲良くして頂いている大工の棟梁、高尾さんを誘ってみた(写真下)。

 彼は石野泰造・芳子夫妻を訪問した折に紹介して頂いたが、薬草に興味あり、また、「6次産業化法」を利用して何か地元産業を始めたいと考えて、今は黒ニンニクと烏棗(ウソウ)の製品開発を試みている意欲的な和気町民である。
 烏棗についてはいろいろ試行錯誤、改良を重ねて検討されている。研究熱心 !!

 何故か気が合って…、というより彼がいろいろ私をサポートしてくれて、例えばヘルニア手術の折の送迎や野菜やサンシュユ用に乾燥牛糞を届けたり、彼の人の輪でいろいろな方を紹介してくれたりともっぱら私が世話になっているばかりだが。

 そして二人で狂言を楽しんだ。杉金の女将さん、ありがとう。
 狂言は初めてという彼からも私以上の笑い声が聞こえてきたから良かった。
 帰り道、ラーメンを食べながら「ラーメン博士」の高尾さんから美味い店について講釈を聞いた。何事にも時代の流れがあり、面白いものだ。
[追加] 後日、一番近くということで、教えられた和気の(ハッピーマート近くの)交差点のラーメカン屋に息子と昼食に行った。
 確かに人の意見は聞くものだ。 息子もいい評価をつけた。