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山茱萸村探訪と黄雲泊での発芽

[ 韓国山茱萸村探訪 ] 山茱萸の時期に韓国を訪問したく、山茱萸祭の期間(3/22~3/30)に合わせて山茱萸村に行った。
 高尾棟梁との二人旅で、いわば弥次喜多道中のつもりだったが棟梁も大活躍。
 しかも今回のルートは棟梁の立案で次の通り。
「和気⇔(JR青春18キップ・ローカル列車で七時間余)⇔下関港⇔(フェリー泊)⇔釜山港⇔(地下鉄)⇔釜山・都市間高速バスターミナル⇔(高速バス)⇔順天高速バスセンター⇔(市内路線バス)⇔ホテル(2泊)⇔(市内路線バス)⇔順天高速バスターミナル⇔(高速バス)⇔求礼駅バスターミナル⇔(郊外路線バス)⇔山茱萸村」 
 ハングル文字が読めず、韓国語会話は出来ず、ボディランゲージのみで、料金、値段などの数字は紙に書いてもらう。
 当に学生時代にやっていた無計画の計画による行き当たりばったりの自由な旅の海外版。
 棟梁曰く「YOUは何しに日本への韓国版」
 お陰で山茱萸村の探訪に限らず、韓国を見聞し、庶民の交流をすることで大いなる成果があった。
 その上、乗り継ぎ時間のロスも無くて順調
 市内散策では普段着の日本人がウロウロしているのが珍しいのか、言葉が通じないのにいろんなオバチャンと仲良くなり盛り上がり、オッチャンには親切にして貰う。
 みんな親切。



三大成果 1.山茱萸村の開花期の景観を確認
 2.山茱萸村を迅速、安価に訪問出来るルートを高尾棟梁の発案で開拓 
 3.山茱萸村式の種子採集方法および種子分離機(W:60cm D:30cm H:60cm)の構造確認と写真撮影
 これらは機会を作って関係者各位に紹介したい。
チョット失敗  韓国と言えば焼き肉。
 そこで山茱萸村探訪が成功して焼き肉で乾杯ということになった。
 幸い、ホテルの周りは焼き肉の店が多い。
 焼き肉を一人当たり250g以上に、ニンニクも一皿半も食べて・・・腹一杯。
 お陰でモンモンとして寝付かれず、さらに朝方には「彼女が出来そうになった」夢と「学会でアグレッシィブに議論する」夢を続けて見た。
 明朝の話では棟梁も寝付かれなかったらしい。 
 確かに「焼き肉とニンニクの食べ過ぎ」で肉食系男子になっていた。 
 朝食は抜き、昼飯は冷麺にして草食系に戻る。

[ 発芽 ] 今年発芽予定のサンシュユの床の水やりを忘れていた事を出発前夜に気が付き、出発の日の早朝の暗い内に起きて散水する。
 すると1本の双葉を見付ける。やった~ !  とうとう発芽した。
 しかし、留守中に他の発芽があり、それも水不足で枯れては2年越しの播種作業が水の泡になると旅行中も時々苗床の乾燥が気になる。
 とうとう心配で下関駅から和気までの7時間の旅を諦めて新幹線で岡山に戻り、畑に駆けつける。
 何と出発の日に1本だった双葉が120本に増えていた。

 ウキウキと散水しホット一息。
 明日からの発芽が楽しみである。
 順調に発芽すれば「一目千本、見渡して一万本」の第一歩になる。 
 最初の発芽(3/24)が1週間目(4/1)には250本に。

 サンシュユは種子は採取して2年(24+α月)後に発芽する。
 採取した種子は1年間土中で保管してから播種する。すると1年後に発芽する。
 ただ、二年後に発芽予定の種子の内、約 1 パーセント強だけは一年目でも早めに発芽するが、このオマセな種子も今年分は22個が双葉を出していた。
 率は今のところ1700個中の22の双葉.

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鹿の解体-またぎへの道

 棟梁から「鹿が手に入った。解体するかい?」という電話が来る。
 そういえば以前に鹿・猪肉を頂いた時に「解体したい」って口走っていたのを覚えていてくれたようだ。

 早速、鹿が獲れた田土に行く。
 鹿は罠や狩猟ではなく、車に体当たりした事故死らしい。
 もちろん鉄砲の弾であれ、車のバンバーであれ当たって死んだのは一緒。
  (皮が剥がされた雄鹿全身は余りにグロイので写真は削除)


 棟梁の軽トラの荷台をまな板にしてカッターナイフで解体する。
 スペアリブを摂りたかったが、肋骨の間の肉が透き通るほど薄いので、止めた方がいいと言われた。
 今回は特に美味しい肉・・・背ロースを2つ共呉れる。

 明日から韓国の山茱萸村調査。
 帰ったら鹿肉ジャーキーに挑戦してみるかな。お天気もいいし。
 ミンチ肉も作ってまたぎ料理に挑戦したい。
 確かに鹿肉(鹿の血?)は鉄分臭いが健康食の一つかもしれない。 
  

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徳島の薬証会に

 徳島市で漢方臨床基礎講座(講演形式)を開く要望があって3月20日が第2回目。
 岡山-高松間のJRマリンライナーは先頭のパノラマ席を、高松-徳島間の特急も最前席を用意して下さり、御機嫌の列車の旅となった。

 ただ小雨-曇天のためパノラマシートでも瀬戸内海の景色は完ぺきではなかった。
 なに、まだまだ往復するから機会は多い。
 素敵なシートのお陰で一日中気分が良かった。


 ぼつぼつだが講演後に話しかけて下さる先生方もおられ、徳島に行くのが楽しみになり、これはまたボケ防止に最高の薬となっているにちがいない。
 暖かくなれば少し足を延ばして淡路島を縦断して帰るルートもありかな。
4月以降には高知の牧野植物園に移行行こう!!
 
 明日は黄谷の滝のコースに植えたサンシュユの移植を長宗さんと。
 
 24日は韓国の山茱萸村の見学に出掛ける。
 今回は岡山-下関-(フェリー)―釜山-順天-求礼・山茱萸村の往復で、JRとフェリーが「青春18キップ」という廉価版。
 お陰で岡山-下関のJRが7時間余。2泊は船中泊。
 韓国語は全く出来ないのに順天市のホテル予約以外に、釜山-順天間の交通の計画も無しという出たとこ勝負の異国の旅。
 高尾棟梁との弥次喜多道中を楽しむことにならざるを得ない。
 きっと帰ってくる予定。 

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やっやっ驚いた

 和気の居を黄雲泊と名付け報恩を兼ねた道楽として薬草木植栽事業を始めた。
 2年前はまず私の拠点である黄雲泊にサンシュユ150本を、そして昨年は町の薬草園(サンシュユの会管理)に150本を提供し、そして今年は213本の苗と成木を入手し田土に植栽した。
 今年はサンシュユの会も独自に200本を入手し薬草園に追加し、会員に配布された。
 また種子は最初の年は武田薬品の京都薬用植物試験所や京都薬科大学から2500、昨年は岡山大学や地域から1700、そして今年は岡山大学を中心に4000個を集め、サンシュユの会が別に5000個を集めて「一目千本、見渡して一万本」への育苗体制は次第に整ってきた。

 和気の田土地区や片倉・丸山地区は美しい棚田が荒廃しつつあるため、その再利用の点でサンシュユ植栽候補地として有力である。
 しかし鹿野には地元の人との繋がりもなく植栽は数年先を目処としていた。

 ところが田土蔭平地域の長宗さん夫婦(写真)がサンシュユ植栽を熱心に支持してくださり、田土地区で30余人の方にサンシユユの話をする機会を創ってくださった(既報)。
 早速、松島洋子さんが大畑公民館横で植栽(既報)を、その後、上田土の重末進さんが長宗さんとで上田土の植栽希望者をまとめて下さった。

 そして今年サンシュユを植栽にご協力下さる方が何と一気に田土地区は21人、片倉地区で2人になった。
 まさかまさかの数。 これで今年の200本の苗では不足してしまった。
 さらに丸山幹線道路脇始め5ヶ所に成木13本の見本樹の植栽出来た(既報)。
 2、3年後には田土のあちこちでサンシュユの黄金色の花が楽しめることになるはず。


 写真左は天神山城跡から田土を俯瞰。右は田土の棚田。

 数年後の春には春黄金花、秋は秋珊瑚の景観で、バードウオッチングも楽しめる田土はサンシュユの村と呼ばれるに違いない。全国オンリーワンとして・・・。 
 当然、山茱萸蜂蜜採集も、生花出荷も始めて、さらに漢方薬生産、健康食品原料供給なども射程に入れて。
 今日は奈良の生薬問屋"前忠"さんから「サンシュユなど田土の生産物の取扱扱いをします」との返事が届く。

 当初は3年目、5年目、10年目で判断をする予定の夢事業は、どんどん加速されてきた。
 今年発芽予定の直播の畝を整え、来年発芽予定の種子は高尾棟梁の助けで播種を終えた。
 いい人達は本当にありがたい存在だ。 

 19日は本庄地区助け合いまちつくり協議会 (ボランティア170人位登録 班長:小高郷近さん)の役員会から招かれた。

 まちつくり協議会は来年度からの公的助成金(町)が受けられなくなり、今後の活動、企画の検討からサンシュユの会との連携が提案されたそうである。
 そのためサンシュユ夢事業についての説明するように求められた。
 黄雲泊の夢事業を説明し、ご質問に答えた。そしてサンシュユの会の有吉会長、山本議員(渉外)と話し合われるように勧めた。 
 輪が広がる。 
 またどんな展開になることやら。 

 

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和気のサンシュユ

 今まで余り気に留めずにサンシュユの花を見ていた方々が、サンシュユに興味を持ち、サンシュユの花が咲き始めるとあちらにある、こちらにある…と知らせて下さる。


 和気町内にも意外にあちこちの家庭の庭や公共の場などにサンシュユが植栽されている。

 和気町の石生地区の石生小学校の前にもサンシュユの木があると教えて頂く。
 そこで早速、見に行く。

 年数の経ったサンシュユの木であるが、花ザクロや梅などいろいろな庭木が接近して植えられているため、周りの木と干渉しあって枝振りに制限されて樹形が歪み、伸び伸びと枝を伸ばしているとは言えないのが可哀そう。
 いずれにしても、またひとつ和気にサンシュユの木を見つけた。

[ 浅漬け ] 晩秋に播種したアスパラ菜が少しずつ生育し、温かくなってナタネの様な花が咲きだした。

 そこで花と柔らかい葉、茎を採って浅漬けにしてみた。
 これ、美味しい。 
  

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田土地区にサンシュユ植栽開始

 和気の田土地区は美しい棚田が有名だが、中山間地区の現状として耕作放棄地が増える問題に直面している。
 この谷間の一角にサンシュユを植栽してみようということになった。
 まずは花を楽しみ、蜂蜜を採り、あわよくば漢方薬生産の一翼を担うために。
 田土の長宗さん夫婦の力強い後押しで、松島さん、新旧の区長さんの尽力が結集した。

[ 主道路の両脇 ] 田土地区の丸山地域を縦貫する道路の両側に丸中さん、武田さんの所有地がある。

 上2枚の写真は植栽作業、左は道路を見降ろす畑に植えたサンシュユ 

 富田区長、長宗さんの尽力で、土地所有者がサンシュユ植栽を認めて下さった。
 早速サンシュユの大株を3本ずつ両側に植栽し、さらに3本を道下側に追加する。
 盛期には道下側の木は目の前に花が広がり、道上は見上げて黄雲になる。
 ここは植栽し易い場所であり、田土縦貫道路沿いなので、大き目の株が植栽された。

[大畑公民館横] サンシュユの話をしたときに、大畑地区の松島洋子さんが積極的に取り組みたいと真っ先に手を挙げて下さった。

 公民館横は松島さん達が子供の遊び場とビザパイ釜を作っり楽しむ場を整備しておられるので、そこにサンシュユを植えることとなった。( 麦わら帽子は松島さん )
 さらに松島さんは横の畑でサンシュユの育苗もして下さるとのこと、それならば長宗さんの所と両方で田土地区全体へのサンシュユ苗の供給センターになって貰えると良いと思うので、その点を相談してみようと思う。

[ 長宗さん所有地 ] 田土地区にサンシュユを植えて群生地を作り、またサンシュユを利用した事業を根付かせようという黄雲泊事業を応援し尽力してくださる中心が長宗さんご夫婦。

 写真は長宗さんの所有地のサンシュユ(2本)と奥さんの敬子さん
 長宗さんの所有地での植栽は、通路巾の関係で大株は持ち込めず10本のうちで最も小さい株になったが、地質が良いので生育には期待できる。
 長宗さんの所は薬用サンシュユの大株は2本で、残りは食用の西洋サンシュユ(ショリコ)の苗を育ててもらうことになった。
 3ヶ所の実際の植栽は長宗さんと岡山農園(兒山さん、竹内さん)で相談して進めて下さった。

 今年は黄雲泊開設3年目に入り、事業計画は極めて順調にすすんでいる。
 今年の大株13本は2年後にはそれぞれの場でかなりの花盛りになって喜ばせてくれるに違いない。
 長宗さんにサンシュユの植物鑑定の知識をまとめたパワーポイントを渡し、これから地域のサンシュユの管理や地域の方々との交流に利用して頂くことにした。

 田土にサンシュユが根付くように思える。
 これは皆さんのお陰。ありがたいことである。写真は全て長宗さん提供。

 

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和気の田土―サンシュユ植栽候補地

 和気の田土(やすらぎのたど)の集会でサンシュユの話をさせて頂いた。
 その結果、サンシュユに興味を持って下さる方々が増えたので、今年の苗を植栽する場所の下見をするということでまたまた長宗さんにお世話になった。
 
 大畑地域(田土地区の中心部)の松島洋子さんが公民館の横に子供の遊び場を造っておられる。

 ブランコやシーソー、そしてピザの釜も手作り。
 そのところにサンシュユ畑をつくり、金時サンシユユ(薬用)と西洋サンシュユを植え、さらにシンボルとして成木1本を植えたいと希望があった。
 それで成木1本と両種のサンシュユ各20本ずつを提供することにした。
 

 長宗さんは蔭平地域の所有地のあちこちにサンシュユを植えて、景観やフルーツサンシュユ、花卉と期待を込めて積極的に取り組んで下さる。
 成木2本、セイヨウサンシュユを中心に40本の苗木を提供することになった。
 長宗さんは害獣防御のためサンシュユ苗用のガードを工夫されるなど、ご夫婦ともに熱心に取り組んで下さる。 
 それにしても本当にいい田畑が担い手不足により耕作されずにほとんど放置状態。
 日本の農政は、日本の食糧生産はこれでいいのだろうか悩まずにはいられない。

 土地の現地検討の後、長宗さんの奥さんの麺類をごちそうになり、その後富田区長さんも加わりサンシュユ植栽適地の検討や昔は有名だった「田土の梅」の歴史、現在の田土の諸問題など、いろいろと話が広がり田土を知る貴重な時間が過ごせた。
 帰る時、「アマドコロの芽が出ている」と奥さん。毎日、畑を見ていて下さっているようだ。感謝。  

 黄雲泊に戻ってくると隣の国近さんが田原上地域にある耕作放棄地を整備してサンシュユを植えようと提案して下さる。
 早速調査に行き、国近さんがユンボで笹を除き整地した跡にサンシュユ5本を植えて頂くこととなった。
 本当に少しずつ輪が広がっていく。 ありがたいことだ。
 サンシュユの植栽は決して無駄にならないと信じている。  

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天神山城跡プロローグ

 岡山に移住する頃、偶然のことだが津本陽「宇喜多秀家―備前物語」の文庫本(中古)を見つけて東京-岡山間の移動で読んでいた。
 とどのつまりで和気町に住むこととなった時、町内を縦断する一級河川・吉井川沿いの374号線の崖に「天神山城跡」の看板を見つけた。

 歴史好きの者(今風に言えば歴男)として、単純にいつか訪ねてみたいと思っていた。


 丁度その時、備前物語は233ページ !!!

 そこには・・・宇喜多直家が天神山城の攻略にかかり、浦上宗景を追い落として天神山城を占拠し本城とする。
 えっ、天神山城ってあそこか !!!
その後信長の命を受けた荒木村重が天神山城の宇喜多勢を攻めるが1ヶ月しても落とせず撤退。
 そして備前一国を治めて岡山に城を得た直家は天神山城を廃城とする(備前物語の要略)。

 時はNHKTVの大河ドラマで時の人になった黒田官兵衛も絡む頃。

 
 岡山に来て、読んでいた本が偶然、備前物語で、目の前に天神山城跡…これは益々登らねばならない…と思いながらも、いつしか2年の月日が過ぎた。 

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天神山城 前篇

 いつもお世話になっている田土の長宗さんから2月16日に第3回健康づくり・史跡巡りウオーキングで「天神城址巡り」があるが・・・と連絡を頂く。
 天神山城に近い田土地区がお世話されるそうだ。
 渡りに舟…早速参加をお願いする。 しかし・・・2月16日は前日までの大雪で開催延期となる。

 3月9日、延期された天神城址巡りは好天の下、100数十人の参加で行われる。

 コースは健脚コースと城址巡りコースの2つ。

 9時30分に田土の山田小学校に集合。開会式を終えて城址巡りコースの出発点「美しい森」に。
「美しい森」は吉井川中流県立自然公園地域に指定されているようだ。

 幸い長宗さんと一緒。
 残念なことに長宗さんの奥さんはインフルエンザの回復期で後1日の要養生、不参加。
 長宗さんのプライベートガイドで、奥さんの差し入れのお弁当を持って歩く。

 城址は2つの山頂部分に分かれている。

 美しい森から入るのは旧天神山城址で太鼓丸城とも、前期天神山城とも言われ、城址を南北に通り抜けると急こう配を下って山間に、そして急斜面を登って天神山城址に続く。
 ウオーキングの案内ではかなり「平坦なコースの」筈が、かなりアップダウンのある尾根筋に築城されているため平坦とは言えないが。
 狭い尾根に長々と続く天神山城と太鼓丸城の二つで長さは数kmもあるが巾は10~20mか。
 戦乱の中世の城の山城として特徴的な構造か。
 
 軍用石という登ってくる敵に落とす岩石の集積場もあるが、支え石を外すとドッと岩石が落ちる仕掛け。
←軍用石の集積場
 戦争とは言えこんな石を上から落とされる身になってみるとかなりビビル。
 長宗さん曰く「このことを知っていると下の国道を通る時に岩が落ちてこないか心配しながら走る」とのこと。
 その上、その昔、この急斜面を10kgを越す具足を身に付け、武器を持ち、弾除けの盾を支えて闘いながら攻め登らされた者が居たとは信じられない。
 確かに宇喜多直家が力攻めでなく謀略で天神山城を陥落させ、信長の命を受けた荒木村重が攻めたが落とせなかった天神山城だと簡単に理解できる。
 また、日常的に不便な山城が時代と共に廃れていくことも良く分る。
 

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天神山城址めぐり 後編
 
 太鼓丸城の本丸を過ぎて北西に尾根を辿ると急な下りで天神山城と太鼓丸城両城の間の最も低い堀切に着く。

 ここから登りで天神山城の本丸跡に着く。
 跡地には浦上遠江守宗景之城址と彫られた石碑があり、宗景が築城者である。
 城は本丸跡からさらに北に二の丸、桜の馬場、大手門、三の丸、西櫓台の各跡地が続き、山を下って吉井川沿いにある天石門別神社の裏手に至る。
 天神山城は本丸から北に本体があるといえるが、城址巡り組は本丸から南の出発地の美しい森に引き返す。
 天神山城跡はなかなか趣があり、本丸から北は後日ぜひぜひ探訪したい。


 本丸跡からは田土が俯瞰でき、見事な棚田が眺められる。
 また林間に吉井川の蛇行を眺望できる。