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農水省―サンシュユ産地確立支援事業

 3年間、サンシュユを地域産業に根付かせようとしてきたが、組織性も無く、散漫で恣意的な植栽活動で会った。
 そこで本年、農水省の「薬用作物等地域特産物産地確立支援事業」に応募し、250万円の支援を受けられるようになった。
 6月初めに交付決定したが、あいにく農家は田植えの最盛期。
 みなさん、疲労しているので、集まって会議をひらける状況ではなかった。
 
 やっと6月29日、和気薬草木の会の第1回の会議(拡大)を開いた。
 いつも心から支援して下さっている長宗さんのお陰で、予定通りの人数が集まってくださり、事業の内容の確認、作業と記録のこと、予算執行に関して説明した。
 参加下さった皆さんは、(丸山、太田原も含め)田土地区の活動が国の支援事業に採用されたことを喜び、事業実施と、その後に向けての意見が多くあげられた。
 特に「まずは地域一杯に育てなくては。私は50本植える」、「来年もやれるか」などと盛り上がった。
 私の夢事業が、多くの方々の賛意や協力で進んでいることはただ感謝、感謝。
 田土地区の隣の岩戸地区の從野氏から来春50本の注文があった。こちらは從野氏が確保される別予算の活動。
 ありがたいことである。 
 

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梅雨の黄雲泊

 和気町にも梅雨が来た。
 和気町に住み始めた頃は畑が忙しくて雨が降るとホッと一息ついて晴耕雨読(?)を楽しんだ。
 でも、どうしたことか、今は雨が降るとチョット残念。
 確かに水遣りが大変だったが、サンシュユ苗も根付いて水遣りが要らないし、楽になり、休息日が要らなくなっている。
 そこで雨で家に閉じこめられると身体が鈍ってしまうように思える。

 でも雨の景色もいいものだ。

 写真左:ガレージから県道(入口)を眺める。カーブした敷地内の道の右側は桜並木、左はまだ小振りのサンシュユ並木、そして向うに見える建物は町役場。
サンシュユ並木で町役場が隠れる位になればすごい
 写真下:濡れ縁から庭と畑の方向 

 栗の木が茂り今年も大きな栗が取れそう。柿も強剪定して三年目、昨年は少しの甘柿。
 今年は一杯実が付いていて豊作の予感。 
 でも渋柿の実りがない。来年の実りに期待。

 物干し台の向うはクチナシの花が満開だが、写真写りが悪く良く見えないのが残念。
 オキナグサ(翁草)とミヤマオダマキのタネを取り播きしたら沢山発芽して来た。楽しみ。
 ムスカリを移植した。
 キュウリが取れ過ぎて食べきれない。
 京ナスが大きくなりだした。オクラとシシトウが美味しい。 トマトはもうすぐ。
 ホウレンソウは失敗。ニンジンは間引き苗をポリポリ。
 
 さて、26日はチョット私用で京都へ。
[ バイオリズムと光とリフォーム ]
 日内バイオリズムは光の影響を受ける。
 昼夜の関係ない胎児や新生児が、生まれてから日の光を浴びて昼間を認識し、昼は活動し夜は眠る生活のリズム、日内バイオリズムが出来る。
 昼間を認識するには2,500ルクス以上の光量が必要。
 晴天は11,000ルクス以上あり、曇天や夕暮れでも4,000ルクスはある。
 しかるに部屋の中は400ルクス以上で、読書用で650ルクス程度しかないので、かなり明るい部屋と思っても、その明るさでは身体は昼間とは認識していない。
 そして部屋に閉じこもる老人は昼夜のリズムが無くなり、バイオリズムが消失すれば昼夜の区別の無い新生児に戻り、昼も夜も区別なく起て寝てしまう。老化は進み、不眠を訴える。
 だから、昼間に屋外に出ること、たとえ朝夕でも散歩したりして自然光の中で過ごしてバイオリズムを維持するのは健康の元。
 乳児も老人も陽の光、自然光が必須。 
 幸い我が家は日の出から日の入りまで陽が注ぐ。 
 リフォームは今月中。
 和の中に和洋折衷の快適性を取り込んだ設計にし、自然光を最大限取り入れた明るい室内にした(つもり)。
 そんな待ち遠しい梅雨の中の一日。
 

 
 

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元気でいますよ。

 旧歴5月5日(今年は新歴の6月19日)は端午の節句で、「薬日(くすりび)」。
 この日は野山に出て薬草を狩る日。この日の正午前後の雨は豊饒をもたらす雨とか。 丁度今は雨。

[ 和気商工会で講演 ] 6月16日午前、岡山商工会の備前ブロックの女性経営者等部会が和気町鵜飼谷温泉で開かれ、特別講演に招かれた。
 女性経営者というからご高齢化と思ったが、何の・・・、美人部会と呼べる状態(チョットお世辞)。

写真上:講演風景 
右:担当の和気商工会: 野田さん:中国語が出来る
 

 そこで「和気の三年―漢方と薬膳と薬草と― 」と題し、こんな時に利用価値の高い後藤新平の言「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上・・・」から始めて、結局はNPO法人の事業を三つに分けて紹介させて頂いた。
 主催者のご期待にまずは応えられたようで、参加の方々に楽しんで頂いた反響がチョコチョコと伝わってくる。  まずひと安心。
 こうしてNPO活動の理解が広がっていく。 ありがたいことだ。 
 夢一杯の事業。このために長生きしたいと思うようになった。

[ リフォームしてます ]
 台所の入口の床がブカブカしだしたのがキッカケでリフオームをすることにした。

写真左:施工中 写真右:ガレージ内のキッチン

 やっと案がまとまって大工さんが施工を始めて下さる。
 完成のイメージが少しずつ見えて来て日々が楽しい。 
 しかし驚くことに、家全体がねじれている(?)。 こっちとあっちで数mm違うと・・・。
 確かに・・・レーザー光線の道具と昔の水準器の差なのか、経年変化か。両方か。
 そのため、予定外のことが多々発生。 完成は6月末らしい。 あと10日。
 
 台所の床を張替するのでキッチンセットはガレージに移動(仮設)。
 そのためガレージで炊飯。水道は庭から散水ホースを引き込み、水道の利用時は表の蛇口まで往復。
 なんかキャンプしているみたい。小学生時代の炊事遠足を思い出してウキウキ。 
 これはこれで結構楽しい。 
 本当に楽しい人生。 ビバ人生 !!

 

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ゆすら梅のジャム

 今年はゆすら梅の粒が小振りで、やや数も少ない。
 熟してきてスズメが群がるようになったので、小鳥の分を少し残して収穫する。


 量的には昨年より少なかったが、美味しく出来た。

 ゆすら梅をさっと熱湯に通して冷水に移して、少しずつ摺りつぶし、網で漉してタネを除く。
 後は弱火で煮詰め、水に溶いた片栗粉少々、水あめ少々加えて、さらに煮詰めてでトロトロしてきたら完成。
  

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薬用産物等地域特産作物産地確立支援事業

 中国四国農政局園芸特産課から、標題の事業について「交付決定の農政局内決裁の手続きを進めます」と連絡が入る。
 平成27年度予算が2月に(国会で)決まって募集が始まり、4月に内定を受けて5月1日までに交付決定の申請をして、順調にいけば、5月上旬に交付決定で、事業が開始できる。 
 農水省の事業募集に参加するのは初めてなので、理解していないこと、慣れないことが多く、書類の修正などに手間取って結局、2~3週間は遅れたことになる。 
 ほぼ1ヶ月遅れたが、まずは安心。

 それにしても農水省が、5月中旬に交付決定(事業開始)では、普通の薬草栽培でそれからではタネを撒き、苗を育てて、定植する作業に間に合わない。
 一体、どうしているのだろう。
 サンシュユの場合は、出葉する4月上旬までに定植しなければならず、現在は「中間育苗」ということになる。
 鹿などの食害防止柵も、草が生えていない早春に害を受け易く、草が茂っている現在では食害を受けることはなく、防止柵は来春まで予算執行が不要になる。 
 いやはや大変。 簡単には応募出来ないものだ。
 
 

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和気町のプロジェクト 設立・・・・って??

 5月30日、和気町主催で「人に優しい、人が優しい、くらし育くみプロシェクト」の設立記念講演会があった。

 会場の和気中央公民館の講堂はほぼ満席、盛況であったが、何か違和感があった。そう、ほとんどが和気あるいは近辺地域に移住してきた移住者(と思われる雰囲気の人達)で、和気の土着の住民の空気が感じられない。
 最初の30分は(関東からの移住者の)女性が「放射能の恐怖、子供の健康、行政の問題など」を涙まじりで訴え、最後に講師の三田医師は放射能の害について活動し住民に優しかったと述べた。
 そし三田医師の講演。
 まず自己紹介。小平市医師会の理事で、期待されていたと。
 そして本論は福島原発事故の汚染の広がり、各地の放射能汚染の状況、診療や活動で得た関東の汚染状況など放射能汚染の影響について説明される(現代の医療倫理や科学性などからみて)少し問題になる資料もあったが、ここは写真に撮らないでと断りが入る ← 皆に知ってほしいことなら写真を禁止することはない。 
 最後に「みんなに避難する(関東から離れる)ように勧めていたので、自分も移住することにした」とは、医師が患者や頼りにしている人達を見捨てて来たということ・・・・あれ?  もし岡山が汚染されそうになったら、みんなを置いて逃げ出すってこと???・・・と医療人としての発言に疑問符をつけたくなる態度。
 せめて「患者さん達が私の薦めで岡山に避難したので、その人達をフォローするため自分も追っかけて移住してきた」ということなら医師らしいが。 
 
 ところで・・・これって自治体が主催する「くらし育みプロジェクト」の設立記念講演会??? 
 聞いていて段々と暗くなり気分が盛り上がらない。
 「放射能汚染、和気は安全、いいところ」という話は(移住を考えている人の居る)関東ですべきで、(主催者の)和気町は移住者ばかり集めての講演会を主催して、どのような効果を想定していたのだろう。 
 この講演会を東京都内に会場を借りてやっていたら、素晴らしく、英断と思うが。 
 和気町内でする講演会の獲得目標(何のために、何をして、どのような成果を得るか)が不明確だから、どのように応援、参加していいのか判らない。 
 確かに私の前居住地は東京で、移住者だが、放射能が怖くて移住したのではないので、ここは理解しきれなかった。