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同窓会へ

 隔年開催の京都大学薬学部の同窓会が10月25日に開かれた。

 同期生は60名余で物故者は3人。今回の代表監事の大塚クンの尽力で、41人が集まった。
 最初のパーティーの自己紹介では「病気と孫の話」が禁句とされたが、自然に「病気自慢」の様相を呈し始めた。
 聞いていて自分ももっと老いを感じるべき(?)と思いながらも健康の幸せに感謝。
 久し振りの旧友、懐かしく盛り上がる。
 


 パーティーの余興に祇園花街ひとつの宮川町の芸子はん、舞子はんの舞があり、さらにお酌までしてくれた。
 どうも大塚クンの普段の投資が聞いているらしく、一言で置屋から駆け

つけてくれたそうだ。  夜遅くまで歓談。

翌日は「修学旅行」。
朝から世界文化遺産巡りということで、下加茂神社から上加茂神社へ宮司さんが案内。
普段は入れないところも見学し、お祓いを受けて、さらに十二単衣の着付けまで見せて頂く。

昼食は京大時計台の1階に開かれたフランス料理店(La Tour ラトゥール)にて。

午後も世界遺産巡りで、普通は経験出来ないことを体験。
どうも充実し過ぎていると思ったら大塚クンは加茂神社の氏子総代を勤めているとのこと。
彼はチベットに小中学校を建設して寄贈したとか以前にも聞いた。さすが成功者。
もちろん、皆、それぞれに京大卒の責務を負って、義務を果たして来て、今は人生の余韻を楽しんでいる。素晴らしい事だ。

 よし、まだ身体の動く限り「道楽」と弁解しながらNPO活動で社会に貢献して、元気で皆んなに会おう。

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伏見の変貌

 鹿野美弘の生家は伏見区鷹匠町で、その後、父は風呂屋町商店街の入り口に薬局を開いた。
 その家は今は一部を貸し店舗とし、住居部分は空家となっている。
 いろいろな事情で私がその家を管理することとなり、久し振りに周りを歩いてみた。
 近鉄桃山御陵前駅から西に大手筋通の商店街があり、西端はT字型に北へ風呂町通り、南に紺屋町通となっている。
 細い紺屋町通は昔は日常食品や雑貨の店が並んでいた。




写真上左:大手筋商店街、上右:紺屋町、下左:風呂屋町商店街、下右:竜馬通り

 ところがその紺屋町が南に延長されて「竜馬通」としてオシャレなレストランやアンティークな店が軒を連ねている。
 何? 竜馬? 高知でなくて何?? 竜馬?? 
 そうだ、この先の南浜町に寺田屋があるのだ。
 伏見の寺田屋は、薩摩がらみの寺田屋事件以外にも竜馬襲撃事件もあり、鳥羽伏見の戦いの時は激戦地にもなった歴史の証人である。
 確かに竜馬は高知出身かもしれないが、土佐藩を脱藩し、志士として活躍したのは京の街。
 京の街と大阪を結ぶ淀川水運の港が中書島。
 そして今は「竜馬、お龍、寺田屋、伏見の酒蔵巡り」に訪れる観光スポットになり賑わっているのだ。 商才のある人が居る!!

 ちなみに「寒天」は寺田屋の近くの旅籠「美濃屋」で、番頭が外に放置していたトコロテンが凍結乾燥したことから偶然発見されたものである。

 そんなこと、こんなことを思い出し、散策していると、伏見の家を空家にしておくのが惜しくなった。住居部分をリフォーして別荘にするかな。
 和気の家と伏見の家は片道3時間弱、往復7000円の距離。
 便利な所だから、補強して貸家にして事業資金を稼ぐかな。ちなみに不動産屋はゲストハウスにしたら・・・と。
 うん、ゲストハウスなら別荘と兼用。 いい案かも。

 
 
  
 

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薬膳研究―中嶌小班

 10月20日午前10時から薬膳研究の中島小班の第一回が始まった。
 齋藤小班も中嶌小班も主力は主婦。
 下準備の「餃子の餡(具材)」も力が入っている。

 鹿野は透明度向上を目指して澄麺皮の配合を変えたが、もろもろの理由で油が多くなり、透明度は変わらず、皮は脆くなった。
 齋藤康子小班と同じ澄麺皮の粉の処方なので、透明度不足ではあったが、参加者の水晶餃子は美しく出来た。


 

試食意見:冷えると堅くなる。 温かいうちに食べるとさらに柔らかくて美味しい。蒸し器から直接取って食べるようにしよう。
 今回の目標は、澄麺皮を知って慣れるということ。次回は餡の大きさや内容を考えて作ることとした。
 おしゃべりタイムは、さすがに日々元気で活躍中の主婦、齋藤小班に負けず劣らず、次から次へと笑い声の断えない話題が豊富。
 また料理の知識と経験の交流で盛り上がって楽しい時間になった。

 この調子なら、第3班、4班を編成しても問題ないと思う。
 和気薬膳レシピ集の編成も確実に達成できるだろう。

追記: FF石油ストーブの据え付け工事をしてもらう。明日の朝から暖かくなる。
 
 

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秋、真っ盛り !!

 今日は和気の氏神様の由加神社の祭り日。


写真上は隣の大師堂の参道入り口に立つ由加神社ののぼり。手前の白っぽい道は我が家の進入路。
 
下は我が家の前を通る由加神社の子供神輿。背景のビルは町役場

 雲ひとつない快晴。
 早速「祭寿司」が届き、昼食に頂く。ありがたい。

 朝8時から1時間 ゴミ当番という名の分別ゴミ受付係。来年は班長として仕切らなければならないので、勉強半分。
 同じ当番の国近さんから「もう干し柿を作ったよ」と教えて頂く。
 例年はカビを避けて、文化の日以降に干し始めるが、今年は果樹の稔りが早く、サンシュユも赤くなり始めている。 さらに柿の当たり年。 

  そうか干柿かと急いでJAセンターに行き、西条柿を手に入れる。
 縁側で陽に当たりながら皮を剥き、いつもの場所に約80個をつるす。これで予定の半分。
 文化の日頃に追加を考えよう。

 

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薬膳研究班始動

 和気薬膳学校と称して、薬膳の講習会を開き、第一回の基礎コース修了生35名が生まれた。
 平成28年春から新入生や前年度の途中入学生を加えて新しい学期が始まる。
 そして基礎コース修了生は、薬膳実習をしなから知識と経験、技を深めていくことになる。

 実習は数人の小班編成で、10月13日、最初の班、斉藤小班の実習が行われた。
 小班の実習は、単に実習の方法や内容の検討だけでなく、将来、大人数で実習する時に、多くの実習経験者が必要となるので、サブリーダー養成の目的もある。

 第一回を終えて、参加者は食材の組み合わせに意味を持たせるようにして、内容を整理をし、さらに自分の薬膳について説明した。
 齋藤小班は熱心な方々で、料理好き、料理上手な方々だから、薬膳は美味しかったが、これは最初からすごい。
 試作品はメーンディッシュ風、スイーツ風、正統派、和風とさまざまだが、全てGOOD!!  レシピ集に収載の可能性は高い。
  改善点 : 澄麺皮の透明度をもっと高めること←鹿野の課題

 結局予定より延長されて3時間余、楽しい雰囲気で、盛り上がった。また参加者もいろいろ新しい経験をされたようだ。
 また、今回の実習内容と指導方針は良好の様で、和気薬膳水晶餃子として和気町に定着する方向で生長する可能性が出てきた。

 写真下は、試作品第一グループの例 (第二グループの薬膳は余りの美味しそうな様子に、早速手を付けて、みんな食べて終えてから写真を撮り忘れたことに気が付いた ゴメン) 

 薬木サンシュユの植栽、漢方臨床基礎講座の薬証会、そして和気薬膳学校の三つも道楽を抱えているが、優しく、心温かに我が道楽を見守り、さらには積極的に支え、付き合って下さる方々に心から感謝である。
  

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砂本忠男先生(広島)を訪問

 砂本内科医院の紹介と案内の資料には「漢方医学の方は昭和52年から小川新先生に師事、その後、平成6年には漢方薬学の大泰、鹿野美弘先生にも師事。漢方方剤について学ぶ」と記載して頂いている。
 広島で12回シリーズの漢方講演を開催した時にご参加頂いている。
 内科医会の専門医であり指導医でもあり、サラリーマの患者も少なくないが、漢方薬の処方比率は3分の2と多い。

 シリーズの講演会以来、交流は断えなかったが、お会いする機会は無かった。
 岡山に移り「近くにきました。ぜひお会いしたい」といいながら延び延びになっていたが、先生は最近お脚の調子が悪く、遠出は出来ないとのことで、とうとう広島を訪問する時間を作った。

 時間の都合で日帰りにして、午前の診療が終わり、昼食を共にしての面会である。

 私に師事したということで、昼食時にわざわざ正装して下さる。
 こちらはいつもの作務衣姿。 また失敗してしまった。
 昼食時は奥さまも同席してくださったが、広島の講演の時は(薬剤師の)奥さまも参加頂いていたそうだ。

 先生から漢方の話は当然ながら、ご趣味のキャノンのカメラ収集の話-これは歴代のタイプのほぼ全てを収集されて楽しまれているそうだ。
 などなど2時間余りの楽しい時間を過ごした。

 私はいい先生を知人に持っている。
 
 

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漢方治療学会の特別講演に招かれ、漢方医療の名医・泰斗、碩学の方々に会えて

 慶応大学医学部の北里記念講堂で開かれた第25回漢方治療研究会の特別講演に招かれて参加した。


私個人としては「研究の世界から引退し、東洋医学会から表彰されて名誉会員にして頂いた以上、もう、全国的な大きい学会で講演するという栄誉は終わった」と思っていた。

 しかし、慶応大学医学部渡辺賢治教授から招聘を受け、思わずウキウキと出かけてしまった。
 
 
 依頼された講演自体はかなりの好評を頂いたが、それが去りゆく者への儀礼ではあっても、「引退した私に花道を用意して下さったのかな」と、年甲斐もなく嬉しくて、心から感謝の気持ちが一杯である。
 それでも一番嬉しかったのは、参加者250名位の中に、漢方医療界で名医、泰斗として漢方医療の世界を指導されている先生方が居られ、親しく話をする機会があったことである。

 

 写真左:私は左隅に小さく移っています。

 写真左下は渡辺賢治教授(慶応大学医学部)、鹿野、花輪寿彦教授(北里大学東洋医学総合研究所)、中田敬吾理事長(聖光園細野診療所 京都鹿ヶ谷)、そして右下の写真は三潴忠道教授(福島県立医科大学会津医療センター)である。
 他に中村謙介先生(漢方方意ノートの著者)や日本漢方協会・今井淳会長や国立研究開発法人・医療研究開発機構の木ノ下智康主幹とも交流させて頂いた。
 また多くの学会、医療現場、業界で指導的立場の著名な方々と交流させて頂いた。この歳になって、ありがたいことである。
 またしばらくぶりに和歌山の山本昇吾先生にお会いしたが、ご子息の昇伯医師も同行されていた。
 学会会場の空気に触れると、ちょっと血が騒いだが、1日にして「人酔い」してしまい、田舎恋しく翌5日は航空便を早くに変更して早々に東京を離れて帰宅してしまった。

 なお、スーツもネクタイも断捨離で処分してしまい手持ちが無く、作務衣で参加し講演した。
 僧の作業着の作務衣に丸坊主では、医師の学会には違和感があり過ぎると思ってバンダナも着けていた。結局、真面目な学会に緊張感の無い不真面目なスタイルで、どうしようもなく自滅状態。
 でも皆さんは「先生らしい」、「似合っていますよ」等と失礼を許して下さる。イエッ~、年寄りのワガママ万歳。

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学会参加の余談

 漢方治療研究会の会場(慶応大学医学部)には慶応大学病院が隣接し、またすぐ近くに今話題の国立競技場がある。
 ちょっと時間を作って病院を通り抜けて国立競技場まで足を運ぶ。
 さすがに慶応大学病院は立派である。

 10分も歩くと国立競技場であるが、高い塀に囲まれて中が見えない。 
 道路向うの建物に2階へ上がる階段があったので、「関係者立入禁止」の看板は日曜日を幸いに無視し上がって工事現場をのぞいてみる。
 

 一目見て驚いたこと。
 それは面積ではない。


 見渡して一面に雑草が生えてきている。
 ええっ・・・。競技場を壊し、土を掘っての工事後。
 日も浅いのに、まさか雑草のタネがあるとは思えない。
 だのにもう草が生えている。 
 いや~驚いた。 うん、この驚きは農民目線かも。

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鳥飯に渋皮煮

 5日、東京から戻ると和気駅前の旅館杉金の若女将(志央里さん)から、「戻りましたか」と電話があり、すぐに女将と若女将二人が鳥飯と煮物、そして渋皮煮を届けて下さる。

 

 しかも渋皮煮は2ヶ所から。 ラッキー。
 いつも心に掛けて助けて下さる。ありがたいことだ。

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秋の稔り―栗、無果花から柿へ

 我が家の庭には4種のイチジクがある。
 和種とアーティア、ネグローネ、そしてネグロラルゴ。夏果と夏-秋果があり、今年は毎日数個から十数個も収穫が出来てすっかりイチジクを楽しんだ。
 栗も和気に移住した時に剪定して形を整え施肥した効果があらわれて、既報のように大豊作であった。
 その栗もイチジクも中秋の名月を境に収穫が少なくなった。

 そして今は柿の季節。
 庭には富有柿と西条柿があり、富有柿は昨年は数個が実ったのみであったが、今年は豊作。

 ただ、昨年の結実数から油断していたら、何本かの枝が折れる位の数が実った。
 しかし、結実数の多さに気付いて、摘果するべきだったが、欲が出て枝を支えることのみだった。
そのため、やや小振りの柿になってしまったようだ。
写真上から、イチジク、富有柿、西条柿
 

 西条柿は渋柿で、干しガキにすると最も美味しい品種といわれている。 
 特徴はやや縦長で、縦に溝が入っている。
 2年前の剪定なので枝振りが不十分で、今年は6、7個しか実らなかったが、来年は干柿の全てを自家生産で加工できるようにしたい。