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渡来300年山茱萸祭と鯉幟

 2022年開催の渡来300年記念山茱萸祭に向けて鯉幟を広めようと考えた。
 すなわち、山茱萸の春黄金花の黄色と、秋珊瑚の赤色は、金箔をあしらった緋鯉の鯉幟とイメージを合わすことが出来る。


 写真上左右はサンシュユの花と果実。下左は徳永こいのぼり店のパンフから転写した金箔緋鯉。下右はITから。

 そこでサンシュユをイメージした金箔緋鯉をデザインし、春にはサンシュユの群生した黄金の花の上を泳がせ、秋には真っ赤な果実の波の上を赤い模様の金の錦鯉が泳ぐ。
 想像して下さい。和気町田土地区が下の写真(韓国山茱萸村)のようになり、このようなサンシュユの景観の上を真っ赤な緋鯉が群れをなして泳ぐ雄大な世界を。


 そんな光景が作れると、単なるサンシュユの景観ではなく、一味違った特徴が生まれ、話題性も高まると考えた。
 さらにシンボルマーク化すれば、祭だけでなく、和気の産品の推奨シールにもなり、さらに良いと思えた。
 
 

山茱萸鯉のぼりで、端午の節句以外の鯉幟の新しい用途を思いついたが・・・。

 
 

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今日も薬膳研究

 今日の齋藤小班の薬膳研究は、4人の班員と二人の夫と一人の子供で、総数8人に、突然の来客ひとりを接待して9人で賞味する。



 さすが主婦。
 要領が分ると手際がよい。
 長宗さんは、スイートポテト、りんご、干しブドウにシナモン風味でスイーツ型。ケーキ作りに慣れていてさすがの味。しかもダイエット(減肥)効果があるという組み合わせ。
 スイーツ餃子は、毎回順番に交代して提供されるそうだ。次回は行正さん。楽しみである。
 齋藤さんは鳥団子ベース、身体を温め元気回復の意味がある。さすがに食べ応えがあり味量共に満足。
 飯豊さんはエビ、ネギ、ニンニクで、聞くだけでカゼが治りそうな具材の組み合わせで出来た餡。甜麺醤の味付けに一工夫。
 もう一品「心身美人水晶餃子」と名付けられたものがあるが、美肌効果を期待しよう。
 行正さんはキクラゲ、エビ、ネギで、特に澄麺皮をウコンで色付けして透き通る黄色になる。丁度いい色の濃さ。冷えの予防で「春冷えに」と旬を意識したオシャレなキヤッチコピー。
 鹿野は茎若芽とホタテをベースに老化防止の餡。

 それにしてもそれぞれの形で、上手に出来るようになった。
 餡の具材の組み合わせについても工夫があり大進歩、永遠の課題は色相と味の向上。

 山茱萸薬園見学 
 突然の来客は備前市の人で、山陽新聞のサンシュユの記事を見てサンシュユの会(有吉会長)の薬草園を見に来られた。
 「どこにありますか?と町の人に尋ねたら、サンシュユなら、その(新聞の)有吉さんの先生である鹿野先生の黄雲泊に行くと良いと教えられたので来ました。山茱萸薬園を見せて下さい」とのこと。
 もちろん、案内して、さらに薬膳で接待。
 うれしいことです。

 名誉簒奪なんて、小さい小さい。
 今は 渡来300年記念・山茱萸祭 に向けて、前へ! 前へ進め!って気持ち。

 

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サンシュユの今年

 サンシュユを植栽して4年が経ち、当初の5ヶ年計画の大きな目標、農水省の支援事業を受けることもでき、黄雲泊の圃場(借地)のサンシュユも、所有地に移植して山茱萸薬園を開設出来た。
 この薬園のサンシュユは年々生長して素晴らしい景観になることだろう。
 次の5ヶ年計画の目標は・・・・
 サンシュユが1722年、中国から渡来して小石川薬園に植えられて2022年は300年目の年になる。
 そこで6年後の2022年に
    渡来300年記念・山茱萸祭
                         を成功させること。

 みなさん、この機会を生かしたイベントを成功させるために実行委員会を立ち上げませんか?

 渡来300年記念・山茱萸祭の名称は、保護のために類似名称も合わせて、すでに特許庁に登録済(2016.2.7)です。何人も許可なく使用できません。

  我々のNPOI以外に、薬草木を育てて気を和する郷を創る会(サンシュユの会)が町の薬草園でサンシュユの育苗に取り組み、ライオンズクラブは駅南にサンシュユの樹を23本植えられた(写真下)。

 いずれも新しい文化資産の構築であるサンシュユ事業へのご努力には大いに称賛に値します。
 いかんせん、苗が幼い。
 サンシュユの会やライオンズクラブの植栽された樹木の生育が、2022年の機会を生かすために間に合うことを祈るばかり。

 幸い、黄雲泊とNPO関係の田土、丸山、太田原、そして從野氏の岩戸の各地区は、NPOが集めた大きく良質な苗木で、生育は順調、これだけで「渡来300年記念・山茱萸祭」の成功は可能であるが。

 皆で新しい文化資産を想像しましょう。  それぞれの地区の協力者の方々に感謝。

註 : 渡来300年記念・山茱萸祭は、昨年9月に特許庁に申請し、本年2月7日に商標登録されたので、5月のNPO総会で討議し、公表する予定であった。
 しかし、小豆島から相談とサンシュユ花見に来られた佐伯さんが、花見の席で「300年」について述べられた。 よくまあこんな専門的なことをご存じだった。すごい。
 よって公表が早まったが、「300年記念」の提案者(第一番の公表)は佐伯さんになりました。

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名誉簒奪

 皆さんは、この新聞記事をみて、「先生のサンシュユ事業が紹介されている」と思われたでしょう。
 「先生、やったね」なんてメールが来る前に・・・。

 でも、そうではないのです。
 これは私が代表をしていたことがある会の記事です。
 誰の記事でも、誰の宣伝でも、「和気のサンシュユ事業のためになる」なら問題ありません。大いに「良かったね」といいます。

 しかし、記事の中に許せないことがありました。 
 和気でサンシュユ事業を鹿野が創案し、最初に着手したという鹿野の名誉を簒奪しているのです。

 「サンシュユの栽培を通じて耕作放棄地の再生と町内産業の創生を狙い、樹木医の有吉正春さんらが中心となってサンシュユの会を2012年に立ち上げた」って・・・・。このサンシュユ事業のアイデアと最初に始めたという事実を自分達の功績にしているのは許せない。

 学者相手に金は騙して取っても大目に見られるが、アイデアを出し、最初に手を付けた名誉というものの簒奪は、現在の社会のルールでは致命的な犯罪的行為。
 田舎だからと許されるものではない。

 事実経過  
 2012年3月25日に鹿野が和気町に移住し、黄雲泊を開設してサンシュユ事業を始め、地域の理解の為にサンシュユ事業解説の小冊子を作り配布した。

 
 それを見た有吉氏、石野泰造氏、石野芳子氏、目賀隆青氏、山本泰正議員、岡山農園の兒山安伸氏の6人が、同年8月30日に「鹿野のサンシュユ事業を一緒にやりたいと・・・」 来訪された(写真左)。
 そして鹿野は会の代表に就任し、また「薬草木を育てて気を和する郷を創る会」の会の名も鹿野が提案した。

 そして翌2013年3月鹿野はサンシュユの苗160本を会に寄贈し(写真右)、町の薬草園に植えて、2013年3月に会の植栽活動は実質的にスタートをした。
 鹿野は会の立ち上げに関わり、かなり貢献していた(この新聞の写真のサンシュユも、鹿野が寄贈した一本だとは被写体の家族の話)。

 2013年8月問題発生。 中国沈陽薬科大学出張の前、「連絡を密に」と伝えると石野、目賀両氏は「そんなことを云うと、もう手伝ってやらない」といい、その後に仲裁(?)に来た石野芳子副会長は「これから私達がやるから先生は神輿の上に座ってヨシヨシ、ハイハイ、と云っていればよい」という。
 これでは鹿野の事業ではないと思い、「では、どうぞ好きにして下さい」と会の代表を辞し、顧問に就任。  
 2014年8月、総会に顧問鹿野への出席案内は無く、問い合わせに「顧問は来る必要はなかった」という返事。
 そこで顧問も辞し、2015年2月4日 、NPOを設立してサンシュユ事業を継続した。   

 この事実経過を知る人達には「何かに興味を持って、やり方が分れば、さっさと横取りするのは岡山の県人性。恥ずかしい話」、「よそ者を追い出して自分たちが・・・という人が和気に居る。ほんとに田舎」云々と云う人が多い。    
  薬膳の会の計画書を石野芳子副会長に見せたら、さっさと薬膳の会を始められた・・・・それでも別に良い。 私は誰かがやれば良い、誰がやっても良いと思う。囲い込みはいらない。

 横取り・・・それはアイデアが良い証拠。横取りされるのは価値ある証拠。取る人の品性とは別にして狙われるのは学者としては誇り。
 でも、最初に提起した人を尊重し敬意を払い、名誉を尊重するのが最低限の社会的ルール・・・それさえ忘れなければ何をしても横取りではない。

 「○○がやっているから俺は参加しない」という和気の人は少なくないが、我が強くても、それはひとつの生き様でそれはそれで良いと思う。
 だからそれぞれの性格に合った会がいくつもあっても良いし、それぞれがそれぞれのやり方でやればいい。それがbestと思う。
 会を一つにという人もいるが、無理に合わせる必要はないと鹿野は思う。
 
 みんなそれぞれ自由にやれば良いが、
        しかし、
名誉の侵害、簒奪は社会常識の最後の一線を越している。
 
      これは許せない!!

 学者魂は「オレが最初」という名誉のために、独創と真っ先に着手することを考え、そして成功(証明)することに全てをつぎ込んで努力する。
 
 「一番最初の人という名誉」を至上第一にする学者上がりの性格から抜け切れていない自分がある。
 このどうしようも無い部分を理解してくれると、「横取りした人」と云われなくてすんで、お互いに良いのに。 
 
 でも、「こんな和気によくぞ来てくれた」と喜んで下さり、いろいろ気配りをして下さる、ありがたい町民も本当に多くなった。
 そんな新しい知人達と田舎で暮らすためには、名誉も他人に譲り、現代社会のルール逸脱者にも目を瞑って過ごすべきなのかな。 
 確かに「和気に住みたいのなら、周りに合わせろ」と云う人が居た。面白いね。和気の人は。 
 自分の生き様を大切にすべきかな。   
 
 つくづく考える一日だった。    

 「あの新聞記事、先生のことが書いていないのは、おかしい」と電話が来て・・・、ブログに掲載して30分もたたない間に、「ブログ見たけど・・・」と次々と電話があり、応対や修正で夕食がいつもより2時間遅れになる。
 朝から新聞記事への怒りのメールも来て、そして「何故鹿野さんの名が無いの?」と聞きに来る来客。「私は味方ですよ」と云いに来て下さる方。
 すごい情報の伝播速度と反響。
 こんなに支えてくれ、心配してくれる人たちの多いのに驚く。
 そんな人
達を特に大切にしなければ・・・と心に誓う。
 

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サンシュユ花見

 黄雲泊の「山茱萸薬園」を開設してサンシュユが花盛り。
 最強の協力者(NPO役員の)行正さんが「黄雲泊で」サンシュユの花見をしよう」と伝言を回して呼びかけて下さる。
 その結果、子供も含めて20人が集まる。
 薄曇りなのに、走り回って日焼けする子がいた。
  

 薬膳学校で一緒に料理人ゴッコをしている人達の他に吉永町や赤磐市からも・・・・そして偶然、小豆島から相談に来られたSさんも加わる。
 料理は、ひとり一品でひとり分を持ちよるルール。
 でも、手作りサラダに赤飯、煮物、揚げもの、鳥肝のワイン煮もあり、いろんな手料理が並び、ひとり分以上の差し入れで食べきれない。
 吉井川で釣りあげられた大きな鯉も、長宗ご夫婦提供で、きれいに骨切りされて、美味しい味付けに。
 行正さんは鉄板ヒーターを持ち込み、熱々のネギお好み焼きを。
 大森さんは沢山のイカリングで初めての参加。
 みなさん、本当にいい人達ばかり。

 山茱萸薬園は黄雲泊開設5年計画が4年目で達成できた結果。
 感無量 サンシュユの花見 感無量。

 
 写真左は小豆島から来訪のSさん(鹿野が知らなかった鹿野のブログのウオッチャーの一人らしい)、右はチョットお酒で赤くなった私。

 山茱萸薬園の景観を見て、サンシュユの群生の良さに感じられたのか、またまた 「私の土地をサンシュユ植栽に提供しょう」と申し出あり。 
 無理にお願いしなくても、サンシュユ植栽事業を理解し率先して植栽に尽力して下さる方々が着々と増えていくのは無理なく続く地に着いた活動で、嬉しい限り。
 そのためにも見せられる群生を生長させたい。いいものはクチコミで広がる。

 本年度のサンシュユ苗200本は全て引き取られていった。
 80本の希望数は40本に、50本の希望数には40本に、30本の希望数は・・・とおよそ100本は不足した。
 来年は必ず・・・と詫びる。
 実生苗は2年生がまだ200本はあるので、来年は接ぎ木が出来ると良い。
 難点は①鹿野の接ぎ木技術では成功率50%、②台木ばかり多くても穂木が不足。
 苗木の提供は、確実なルートが出来たので、プロが生産して下さる金時種に限り、自前の接ぎ木は趣味的な遊びレベルがいいかも。

 今回のお花見(第一回山茱萸祭)の呼びかけをして下さった行正さんに感謝し、お忙しい中、参集(サンシュユ)して下さった方々に感謝。 (参集=サンシュユは行正さんのダジャレ)

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赤蕎麦の賞味会

 赤蕎麦は中々味わう機会の無い幻のソバである。
 和気町岩戸の区長であり、勝和工業の会長の從野(ヨリノ)勝さんは放棄地対策として赤蕎麦を栽培し、町の荒廃化対策に尽力されている。
 
 我がNPOのサンシュユ事業にも理解があり、里山回復事業にサンシュユ植栽を組み込んで下さっている。もちろんNPOの監事も就任して下さっている。

 ところで、從野さんから手作りの赤蕎麦を食べさせて下さる約束があり、延び延びになっていた。
 そして3月17日、蕎麦打ち名人の長宗常久さんが、從野さんの赤蕎麦を打ってくださり、奥さんの温い暖いお蕎麦、ざるそば、そして蕎麦雑炊とソバ料理づくしの上に掻き揚げ屋に物となった。
 特に筍は裏庭産の旬の逸品。

 豪華な卓を囲むのは、赤蕎麦の提供者、蕎麦打ちの長宗ご夫婦、齋藤-飯豊の一家5人と鹿野。
 特に蕎麦雑炊の蕎麦米は長宗夫婦の四国旅行のお土産。

 普通の蕎麦と赤蕎麦に相違は・・・・。
 赤蕎麦は普通の傍よりも香り高い。
 赤蕎麦は打っても塊になり難く、赤蕎麦は二・八蕎麦でも、普通の十割蕎麦よりもパサパサして固まり難い。
 長宗さん曰く・・・山芋などで繋ぎがあれば・・・。

 いずれにしても中々味わえない幻の赤蕎麦を贅沢に頂く昼食だった。

 帰ると、上田土の杉本さんがサンシュユの苗を取りに来て下さり、重末さんの分も合わせて40本を持って帰って頂く。
 その時間、琴奨菊、惜しくも土俵際の逆転で敗れる。 これも人生。

 山本葉子さんから「50本の約束を守ってね」と電話がある。 ご免なさい…足りない・・・。 

 

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サンシュユでお祭り―花見

 昨年、サクラの花見会を黄雲泊隣の太師堂の参道で開いた。
 今年はサクラとサンシュユの開花期が少しずれるようで、花見会は無いのかなと思っていた。

 突然電話があり、19日にサンシュユの花見会を黄雲泊で行うと、Yさんが発起人で伝言が回っているとのこと。
 やった・・・!!
 ということで下記の通り、サンシュユの花見会があります。サクラは別な日になります。

     さあ、サンシュユ祭だ、楽しくやろう
日時 3月19日(土曜日) 午前10時30分から
場所 黄雲泊の山茱萸薬園
参加条件
 ① 各自1品、一人分の料理を持ち寄る。
 ② 生死にかかわらず誰でもOK。
問合せ先 0901-645-0255 ( 鹿野 カノ ) 

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今年もサンシュユの苗が届く

 黄雲泊の開設時にはサンシュユの苗の入手に苦労したが、現在は良心的で誠実な樹木取扱業者のAさんと知り合え、今はサンシュユ苗の確保を全面的に委託している。
 3月15日、無事に今年の苗200本が届いた。

 黄雲泊の私道の片側に並べると中々の圧巻である。

 今年は27年度の農水省事業の経過を観るためと、「植栽をお願いし、無理を掛けることを少し控え、希望があればお渡しする受け身型にしよう」と思って、予定のあった分+αの200本に限定した。

 ところが、「今年は苗がありますか」、「今年は○○に30本植えたいけれど・・・」と次々に苗の問い合わせが来る。

 「200本しかないから今年は早い者勝ちかな」というと「今から50本取りに行くから・・・・」と積極的。

 こちらからお願いしなくても、率先して植えて下さる方々の申し出がある。
 これは嬉しい悲鳴。まさか、こんなに期待されているとは・・・。
 無理に押し付けていたと遠慮し、申し訳なく思っていたが・・・・。
 継続は力というが、少しずつ根を下している事が分った。 嬉しい限り。
 早速、Aさんに「来年も最低200本は確保してね」と伝える。 

 これから200本しかない今年の苗の配分を決めなければならない。 
 言い訳は「不足分は来年必ず・・・」

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サンシュユの余談和気町
 山茱萸薬園を開設し、幾人かが見て下さる。
 そして、ある人は「先生の活動を知る以前は名前も気にしなかった(サンシュユの)木ですが、玄関を入ってこられた○○さんが「花を生けとるな」と目を留められたので、いろいろ先生のお陰とうれし涙でした」・・・嬉し涙ってのは云い過ぎかと思うが。
 また田土地区のある人は54本をみなさんと植栽。
 薬園を観て「まあ綺麗!」、「田土地区にはもう千本は植えてあるが」、「生きている間に見られるかな」、「私は天国からみるよ」、「そうね。田土は天国に近いから・・・」・・薬園で山茱萸林を想像してもらえるようになった。
 
 またある人は、薬園を観て自分の地区の82本植栽してあるサンシュユの手入れを頑張って、素晴らしい景色をつくろうとやる気が出てきたと・・・。
 さらにある人は「田土地区でサンシュユについて好意的な発言ばかりで、批判的、否定的な意見は全くない」と伝えて下さる。

 こうして多くの人達が心から喜び、無欲で応援し、助けて下さる。
 本当にありがたいことだ。

 3月15日には、栃木の業者さんから200本のサンシュユが届く予定。
 また前進だ。

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薬膳研究-山本小班

 3月10日は、山本小班の薬膳研究
 杉本さんが急用で欠席(翌日、立ち寄って下さったので、お元気は確認)されて、4名で競作。

 私は澄麺皮作りを手抜きして、中国で手に入れていた麺皮器(皮と麺が作れる器)を使って作った。
 作り終わると山本班長は、ご自分も使いだされる(写真右)。
 どうもこの機器は人気で、非常に安価と云うと「次回中国に行った時はわたしにも狩って来て」と注文が多い。
 確かに簡単に出来るが、沢山買って帰るのは重いから大変だ。船便で送るかな。

 園子さんは若く手先も器用で、素早く綺麗に仕上げるので、私は当然ながら、主婦連も感嘆しきり。
 若いって素晴らしい。

 さすがに4回目になると、薬膳水晶餃子は、綺麗になってきた。
 ただし、美味しさは始めの設定通り、さまざまだが、少しずつ状況が理解できるようになったようだ。
 それぞれの具材と組み合わせについて、表にまとめて薬膳学的に説明することが加わり、次第に生長している。素晴らしいことだ。
 発表会ではきっと自信作が披露できることだろう。