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野津諭志くんー逝去

 私が歳の離れた弟のように親しくしていた野津諭志くんの逝去の知らせが今朝(2016.11.25)届く。還暦の歳にして・・・。

 私が大学の剣道部の顧問をしていた時の2代目の部長である。
 そして私の研究室に配属された時、(現奥さんの)木の実さんも一緒で、二人のご結婚の仲人をさせて頂いた。 私が仲人をした最初の組でもある。
 そう・・・、野津諭志、木の実夫妻は私の身近な教え子。

 小樽駅前の長崎屋の1Fのオリンピック薬局を譲り受けて地域医療に積極的に貢献し地域の人格者として信頼されていたが、悪性腫瘍に侵された。
 冬に小樽に行くと会いってみると闘病しながらも業務を果たし、剣道部のOB会にも参加していてくれ、小康状態で安定していると思っていた。

 彼は保険調剤業務とともに、漢方医療にも励み、いろいろな分野で親しく交流を続けた教え子であり、友人である。
 本当に歳の離れた弟を亡くした感があり、ただただ・・・ 
やはり、生物は年齢順に死ぬべきだよね。                合掌

 あぁ・・・ショック  ただ、ショック
  

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屠蘇酒を造るための屠蘇散

 例年恒例となったている屠蘇酒のための屠蘇散作りを行う。

 
 応援団はミシン掛りの斎藤さん・・・以前は鹿野が行っていたが、斎藤さんの応援を得てミシンは任せている。
 さらに飯豊さんと保津さん、私の4人が生薬の秤量、袋詰めなどを分担する本年の屠蘇散作りの労働者。
 九種の漢方薬を粉末にする。
 朱色の布を買ってきて袋に縫う。
 漢方薬の粉末を袋に詰めて金色の紐で結ぶ。
 ビニール袋に屠蘇散の朱色の袋と説明書を同封して完成。

 屠蘇酒を独りが飲めば一家は無病息災 一家で飲めば一里四方は健康。

 和気に住んで以来、お世話になっている方々に差し上げているため、年々私の屠蘇散を待っていて下さる方々が増える。
 新しい年ば幸多い歳であればと、皆さんの要望を満たすため、今年は200個を心を込めて作った。 
 
 岡山の和気町に移住して来春で5年。 
 この5年間で心結ばれ、屠蘇散をお届けする知己が200人にも。 この人の輪。
 皆様方とのつながりに感謝するところ大。
 皆々様の2017年に、幸多かれと。
 

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亦々朋遠方より来りて・・・

 大森氏を見送った後、午前中は美作のNPO法人の明石さんが相談に来訪され、12:05和気駅着で三浦さんが来訪。
 古くからの友人で、カネボウ薬品、ロート製薬と漢方製剤(医療用漢方製剤や和漢箋の開発・販売など)で活躍後、今年72歳で退職し、コンサルタント会社を設立、頑張っている。

 まず、私の山茱萸事業や薬証会の状況を聞かれ、黄雲泊の圃場、田土地区の栽培圃場を案内する。
 前回の来訪時から大きく進んだ山茱萸の植栽事業を高く評価し、喜んで頂く。
 
 彼は医薬品の許認可の状況から、ある薬草の需要の急伸を予想し、その栽培地を各地に確保し取り組んでいる。
 もし、黄雲泊の山茱萸植栽事業が停滞していたら、その薬草の栽培で支援しようと考えてくれていたようだが、山茱萸の現状をみて、私に某薬草の栽培を勧める必要はないとのことらしい。
 ただ、私は参考までに種子を少量頂き、自分の畑で様子を見ることにした。

 薬草木栽培・生薬生産の現状分析、障害、課題、問題点などの情報交換を行う。
 新しい情報、重要な課題も多く、本当に現場を熟知した専門家との情報の交換は大切だと実感し、情報交換の大切さと、情報を持ってきてくださる知人に感謝するばかり。

 薬草木の栽培だけでなく、いろんな製剤(おもに生薬成分)の紹介もされ、抗炎症乳液MKMO-1の説明も聞いた。 一般に油性の軟膏が多い中で乳液は基材として興味深い。
 また、皮膚毒性に対して効果的な蜂蜜が主剤のHMC-1も臨床試験を進めておられる。
 いずれも臨床試験をクリアして製剤化されることを祈っている。

 濡れ縁に座ってもらい出来たばかりの干柿を賞味頂く。
 「とても美味しい」とのこと、これで毒味も終わったので、私も1つ食べる。 
 うん、美味しい。
 
 
 

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朋 遠方より来る 亦楽しからずや 2016.11

 東京の大森さんからメールが届く「15日、泊めてください」と。

 そうか、やっと岡山の河川に来るかと喜んで返事するOKと。

 大森さんはダッキー(浮袋型の船)で全国の一級河川を下るのを人生の楽しみとしておられる。
 江戸川カヌークラブにいた時は、一緒にユーコン川を下り、また釧路源流から釧路湿原まで、一緒に4泊3日で川下りをした友人である。

 私が岡山に移住した時、ユーコンや釧路川を一緒に下った仲間で岡山の一級河川を下ることになっていた。
 しかし、4年経っても来ない。
 そして私は半年前にカナディアンカヌーと、フジタカヌーをITのヤフオクで譲渡し、艇の所有無し。
 彼はひとりで私の家の前の金剛川から吉井川に入り下った。
 明日は旭川を下るらしい。
 ただ、下る距離は短くなっていた。
 でも全国の一級河川を征服し、残る河川は九州に3本くらいらしい。
 70歳、またまだ夢を持って川下りを続けてほしい。

 夜は杯を交わして楽しいひと時を過ごし、TVのサッカーを一緒にみる。 

 大森氏、朝、旭川下りを目指して和気駅を発つ。
 

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 薬膳学校ー実習の検討

 薬膳学校の基礎理論コース履修者による実習カリキュラムの検討が進められていた。
 そして、課題を検討することになった。
 課題とは、納得できる水晶餃子の皮の成分比が決まらないこと。

 そこで集まって、比較試験を行い、成分比について結論を得ることとなった。
 まず台湾薬膳・加味四物湯と四神湯を作り味わう。
 加味四物湯は、好き嫌いの差が激しいが、四神湯は全員に好評価だった。

 斎藤康子さんの司会の下で皮作りの意見交換、検討する配合比について決め、それぞれに皮を作成して、扱い安さや透明度など比較検討した。
 貫雪粉にカタリリ粉やタピオカデンプンを混ぜるよりも、貫雪粉のみでも十分との意見が強かった。
 比較してやってみれば、結果に納得する。これでいい。

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 桃園機場(空港)と台北市内

 9月に続いてチョコット台北に出かけた。
 桃園空港から市内へは、いつも知人がハイヤーでの送迎を手配して下さっていて、極めて快適な移動であったが、今回は普通の移動にチャレンジすることにした。
 ちなみにハイヤーは空港から市内への片道NT$1500.-( ≒ JP¥4800.-)で、空港タクシーだとNT$1100.-位、普通のリムジンバスはNT$125.-になる。
 到着は夜の8時過ぎなので空港タクシーでホテルへ。
 帰路は午後2時の便なので空港バスを利用することにした。

 空港タクシーも正規の乗り場を利用すればハイヤー(ベンツ等)とは乗り心地以外には差はない。
 
 台北市内からのバス乗り場はタクシーに「中山北路・東三門」と言えば十分通じた。

 切符売り場で「桃園機場」というと「125元」の返事。
 小銭を出していたら「何歳だ?」と売り子が聞く。
 「76歳」と答えると「65元でいい」という。
 渡されたチケットをみれば「敬老票」とある。
 さすが儒教の国。
 日本なら恩着せがましく「高齢者割引」あるいは「死にや(シニヤ)割引」となるが、「敬老」とあると感謝の気持ちが増す。
 もしかすれば台湾人と間違えられたのかもしれないが、ハイヤーならJP¥4800.-で、空港バスで敬老ならJP¥200.-位とは経費節減は大成功。

 空港バス1819線の乗り場に並んで、タイガーエアは第一ターミナルなので「第一」と言うと、前の所に入れろという。自分で荷物を入れて乗車。
 空席を見つけて、となりの娘さんに「空いている?」と聞くと「没人坐(空いている)」の返事。
 没人坐(メイレンツォ)を美人座と聞こえて一瞬迷う(実際、ほぼ同じ発音)。
 美人座ってのは、昔連れて行ってもらった台湾美人の居るクラブの名。
 ちょっと昔を思い出し、また、耳の老化(?)あるいは判断力低下を悟る。 
 バスは自由席でほぼ15-20分間隔で運行している。 
 約45分で空港到着(土曜日で道路が混雑して無かったのかも)。


 桃園空港と台北駅にはAIRPORT EXPRESS(機場直達車)が1年前には開業していたはずだが、まだ大幅に遅れている。
 おかげでいい経験ができた。
 12月には開通といわれているので次は列車で移動になるはず。
 また楽しみがひとつ。

 それにしてもLCCは時代を変える。
 チョット東京に行く感覚で台北に飛べるようになった。
 距離があるので少し時間がかかるが東京への国内線より料金は安い。
 市内循環バスに乗る気楽な雰囲気でLCC。

 

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点心–豆花

 寧夏路に豆花の店がある。

 南の国は砂糖を多く使うが、台湾の「豆花」は、砂糖を使わない絹ごし豆腐の食感の豆乳プリンで、いろいろトッピングする。
 歩道の端のテーブルの上一面に夏向きと冬向きの点心の写真。
 さらに「これは一例で、伝統的な豆花がもっといろいろ沢山ある」と自慢げに書かれている。
 かなり自信があるようだ。

 今日は豆花ではなく、「酒醸芝麻湯圓」が目に着いたので、これを注文。
 すると「湯圓を蒸すのに六分かかるのが良いか」という。 
 もちろん「没問題」と答えると、「そこに座って」と歩道のテーブルを指さす。

 酒醸とはいわば甘酒で、芝麻はゴマ、湯圓は丸い団子なので、練りゴマを包んだ団子が甘酒に入っている。

 甘酒(酒醸)とはいっても、酒気はほとんど無くてお米が浮かんでいる程度に丸い団子(湯圓)。
 湯圓は美味しかった。

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 当帰羊肉湯

 今回、寧夏路で「感恩・牛羊肉小館」という店の当帰羊肉麺の表示を見つけて、寧夏夜市での主食にした。
 

 当帰羊肉湯は身体を温める料理なので、(台湾料理店の「梅子」などでは)夏は提供されず、もっぱら冬の料理である。

 店員さんは当帰羊肉湯よりも、当帰羊肉麺線が店の自慢で美味しいからこれを食べろというので、注文し、歩道に並べているテーブルについて、夜市を眺めながら待つ。

 ・…と店員のお姉さん(?)が話しかけてくる。
 まず「どこから来たのか」というので、岡山は分からないだろうと「大坂」と言うと通じない。
 いろいろ説明していると紙を持ってきて中国大陸の図を書き、どのへんだと聞く。
 「ちがう、ちがう、私は日本人」と答えると「えっ、大陸人じゃないの・・・」
 もう一人の店員を呼ぶと・・・、「私は大坂知っている」・・・からはじまり、話が盛り上がる。
 

 確かに大陸は方言が多く、中国大陸の北と南では、津軽弁と鹿児島弁のように通じないことがある。
 だから私の中国語は大陸の方言に聞こえたのかもしれない。
 「変な中国語を話す日本人」が、地元民のように道端のテーブルで食事していることが面白いらしい。
 手が空くと寄ってきて話かけてくる。 こんなにもてたことは初めて・・・。

 いやぁ・・・この明るく楽しいお姉さん達、また会いたいな・・・。 

 ちなみに、この夜は当帰羊肉麺のせいか、身体が温かくて寝付けなかった。

 

 
 

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 寧夏路夜店ーB級グルメNo.1

 食事を外食することの多い台湾では、夜店は夕食の場でもある。
 台北にも多い夜店の中でも寧夏路夜店は美食家による評判が高い。
 昔、ロータリーの中央に屋台が並んでいて、ときどき食べに来ていた圓環公園は今はなく、そこから寧夏路が伸びる。
 この寧夏路は中央に駐車場、その両側が車道、さらに両側に歩道があり、常設の店舗が並び、夕刻からは駐車場と車道が夜店になる。

 夜の寧夏路は、常設店・歩道・夜店屋台・歩道・夜店屋台・歩道・常設店となり、中央の歩道はせまい。
 屋台の店の隙間に机が並び、食事ができる。

 屋台の定番といえる串焼きは品数豊富。

 メニューはどこも豊富で毎日夕食に通っても1年では食べきれないだろう。

 もちろん、デザートに果物屋さんもある。
 11月でも、まだ氷系もある。

 中国人は鮭が好きと聞くが、鮭の焼飯も看板メニュー。

 その他、中華料理、台湾料理、何でもある。
 日本のお祭りの屋台通りに形は似ているが、大きく異なるのは、楽しく飽きない、日々の生活のエネルギーが伝わってくることである。
 日本には、こんな世界がなくなったかも。

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台北夜市ーVISA

 台北の夜市の記事を載せた夜、VISAの機関紙が届く。
 おっ・・・・何と・・・ !! 美味しい「夜市」の新機軸の文字が・・・。

 台北の夜市の紹介・・・・何と偶然。

 そしてその記事の中に「台湾の全てが凝縮したものすごい生命力」と・・・・。
 私と全く同じ印象。
 万歳、台北 台湾