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北朝鮮の攻撃からの退避ではない

 23日(日曜日)から30日(日曜日)までの8日間、台湾に行きます。

 ニュースでは25日に北朝鮮とアメリカの関係が緊迫し、戦争になれば日本も攻撃の対象になるとの北朝鮮高官の記者会見。
 日本海側の地域ではミサイル攻撃された場合、着弾被害からの退避の連絡通知訓練が地方官庁では始まっているらしい。
 だからその間、退避するわけではない・・訪台は以前からの計画。
 23日に発ち、24日は台湾順天堂薬廠股份有限公司の知人達と素食(菜食)を食べる。
 菜食主義者はインドに次いで多く、人口の1割が菜食主義者といわれ、素食料理が発達して良い店が多い。楽しみ。

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今年も畑

 今年は暖かくなるのが桜が1週間以上遅れ、寒暖の差が大きかった日々も安定してきて、昼間は一気に暑い感じ。
 私の畑のスイカは、最初はO氏は甘いと高い評価だったが、その後は前ほどは・・・と。
 そこで今年はIさんからスイカが甘くなる堆肥を教わりトライすることにした。
 それは糠と油粕を1対1で混ぜて堆肥として発酵させてから植えつける。
 (ちなみに山間部では糠を播くとイノシシが好んで荒らすので、糠を畑に使えないそうだ)
 まず、堆肥を入れて雑草除けにワラを敷いた。
 このまま放置してGW明けに植え付ける。
 カボチャ畑も整える。
 ナスの畝と添え木作り、キュウリのネットと播種、ピーマンなどの支柱立て、そしてトマト5株の植え付け。
 棟梁が持ってきたラッカセイのタネ播き。ニンジン、レタス、小蕪用の畝作り。
 全面の除草も終えて次々と畑が整っていく。
 でも作業が以前に比べてゆっきくりとなってきた。歳なのだと思う。

 24年春から使っていた地下足袋の指に穴があいた。5年目である。
 新しい地下足袋を買った。
 こうして日々が過ぎる。
 

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和気薬膳学校・中級課程

 和気薬膳学校の初級課程(薬膳学理論と素材学1)を終えた58人中、精鋭の22人で中級課程を始めた。
 日本の医薬品医療機器法(旧薬事法)により、生薬の利用は制限されているため、生薬利用が自由な台湾と異なり、日本の薬膳は薬膳と呼ぶにはやや苦しい状態である。
 しかし本物の薬膳を知らずして薬膳を勉強したとは言えず、中級課程では台湾の本物の薬膳を調理実習で学び、味わい、体験することとした。

 初級では四神湯、三黒烏髪湯、八宝粥のレベルで、薬膳水晶餃子を作成して食材の薬味薬性、組み合わせについて学ぶだけだったが、中級課程では正真正銘の生薬が用いられた「薬燉排骨」から始まる。
 薬燉排骨は名前の通り「クスリ(漢方薬の煎じ液)で煮込んだスペアリブ」で、クスリ部分の薬効が基本。もちろん、クスリとは普通の漢方煎じ液と同意。
 薬膳は料理として特に美味しいわけではないと教えた。
 そこで当初、生徒は味には恐る恐るであった。
 ・・が、食べてみてのレポートを要約すれば。
 煮込みの時間はかかるが、作業は簡単で、漢方薬の煎じクスリという印象で味を心配したが、とても美味しかった。ラーメンの汁に出来るかもという意見も。
 薬膳のあとは、別に炊かれたご飯に漬物やサラダも用意され、腹を満たして楽しく賑やかな食事会に。
 なお、お米は高尾棟梁提供の岡山産の美味しい銘柄米
 みなさん、大満足で、早くも来月が期待された。
 五月は排骨から羊肉に代えた薬燉羊肉、六月は薬燉海鮮、七月は十全排骨、八月は焼酒鶏、九月は羊肉炉・・・と順次レベルアップを予定している。
 
 


 
 

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さすが専門家

 和漢薬の国内生産と中山間地区の耕作放棄地対策に 和気町で山茱萸(サンシュユ)を植栽しようと平成24年春、和気町に移住して提唱した。
 そして協力して下さる個人、団体も増えたので、その活動の一環として「山茱萸渡来」の記念年のイベントを考えた。
 すなわち、享保7(1722)年に小石川薬園に植えられたという記載は多くの資料にあり、5年後の2022年は300年目になるが、原本を見ていない。
  二次資料は間違って伝えられていることが多く、たとえば山茱萸渡来は中国からとか朝鮮半島からとかあり、どんな形(苗? 種子? 果実?など)か原本で確認する必要がある。
 小石川薬園の現在である東京大学植物園に問い合わせたところ「古い記録も何もない」とのこと。
 そこで生薬学、生薬業界関係で最も広い情報量・人脈のあるM氏に問い合わせたところ、旬日を置いて資料が届けられた。
 そこには「麻生御薬園は白銀御殿地拡張のため、享保元年小石川御殿(松平徳松君の下屋敷)地内に移転した」の記載に始まり、そして享保7寅年中の項に植栽されたそれぞれの薬草木が○○から渡来や△△から移植などの詳しい記載がある。
 良かった。さすが専門家。
 届いた資料にはいろいろな事情が記されていた。
 この資料を持たずには「渡来300年記念山茱萸まつり」が出来ない。
 軽々しく扱わずに大事にしよう。
 しかし、さすが、専門家の世界、アンテナを伸ばせばすぐに情報を伝えてくれる。
 ありがたい。

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地域活性化伝道師(内閣府)

 人生の報恩として和気町で、専門知識を生かして薬草木
(サンシュユ)の植栽活動、漢方臨床基礎講座(薬証会)、そして和気薬膳学校での地域活動に努め、皆々様のご支援を頂いて良き余生を過ごして参りました。

 そして多くの方々のご推挙により4月1日付で政府・内閣府(地方創生推進室)の「地域活性化伝道師」として登録され、現役引退から5年にして再び全国区の業務に携わることになりました。

 何か宗教家のような名称ですが、培った専門知識を多くの必要とする方々に、また後世に伝えるために、活用して頂くものです。
 全国からの依頼に何が出来るか分りませんが、これからも和気町に住み、和気町の地域社会を第一にして、自分勝手ですが出来る限りの活動を続けますので宜しくご理解、ご支援のほどお願い申し上げます。

 2014年3月、和気町での薬木サンシュユの植栽を提唱して以降、サンシュユ株を無償配布し、農水省の支援事業も受けました。

 今は和気町内では多方面、いろいろな方々、団体等によりサンシュユ植栽が進められるようになってきました。 
 これらを無にすることのないように気配りも忘れないようにします。


 5年後の
3022年に計画中の 渡来300年記念山茱萸まつり には農水省関係等からのご支援のお話も頂いています。

 これからも宜しくお願い申し上げます。

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来た、そして帰る ちょっと寂しい

 カナダ・バンクーバーでの生活が長かった娘・環がブリティシュコロンビア大学大学院でスキルアップのためのスクーリングが始まる前に時間が取れて、両親の様子を見に来訪した。
 ただ娘とは言え、もう長く別に暮らしていた成人。
 私の感覚では「親しい他人」とはあまり変わらない。
 環を歓迎するが長居して欲しくないという潜在意識。
 忙しいので和気ではたった2泊の駆け足の滞在だが・・・。

 アッと言う間の滞在時間が過ぎて、庭に記念植樹をして、東京在住の家族に会うため11日朝8時過の和気駅発JRで東京に向かった。


 2日間の充実した日々に感謝し、娘がいい人生を送っていることを確かめ、そしてチョッピリ別れをさびしく感じた。
 また、2年位して時間が作れたらおいで。
 それまで No News is Good News. ・・・アッそうか、いつもメール交換しているから No News ではない。
 

 

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環-二日目

 昨夜遅くに岡山空港に到着し、あけた二日目、ジーニストである環の希望により児島のジーンズストリートに行った。
 カナダでも児島のジーンズストリートは有名で、岡山訪問で時間があれば行きたいと思っていたらしい。
 カメラを忘れて写真はないが、気に入ったジーンズをはいて帰る。
 
 さらに日生の五味の市まで足を延ばす。
 五味の市の80歳代のジイサンと親しくなり、いつもオオマケしてくれる。
 今回も車を降りるなり、ジイサンがこちらを見付けて手を振ってくれる。
 「もうけよりも会えるとうれしい」とまたまた大サービス。
 戻ると環は濡れ縁で気持ちよさそうに心理学の参考書を読む。
 いやいや勉強家・・・・という親馬鹿。
 いろいろと積もる話で夜は更ける。
 もうあと一日。
 No News is Good News とはいえ、たまに会うのはいいことだ。

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超遠方から―娘

 カナダに留学し、名門ブリティシュコロンビア大学を卒業し、帰国せずに大学院に進学、そして現地で就職。
 忙しくて・・・???・・・なかなか顔を見せてくれなかったが、やっと来た。
 バンクーバー→シアトル→仁川→岡山で、シアトル→仁川は11時間余の長旅。
 帰りは羽田→ロスアンジェルス→バンクーバー。

 岡山到着は、霧で遅れて夜の9時前。
 私に似て童顔系、さらにボーイッシュ。少しも年をとっていない。

 何せ、趣味のスポーツはアイスホッケーで、公式戦の審判資格も取ったらしい。
 大柄ではないので選手としてよりも、審判(笛吹き)でこの冬を楽しく過ごしたらしい。
 ロードバイクで友人達とツアーをしたり、仕事と遊びで休む間もないようだ。

 和気にはたった2泊で東京に行き、関東にいる家族達と合って羽田発でまたまたカナダへ。
 和気はたった2日間だが、何して遊ぼうか・・・。

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春の椎茸
 キノコ類は秋の味覚の印象が強いが春の椎茸も美味。
 私は傘の裏にチーズを乗せてステーキ風にして食べる。
 この料理法はこちらに来て覚えたが美味。
 以前行正さんから椎茸のホダ木を2本頂いたが、いまひとつ生育がよくない。
 我が家は日当たりが良すぎると自家栽培は止めていた。

 今日、行正さんが1本届けてくださる。
 いっぱい椎茸が着いている。
 そして庭の南天の木の北側の蔭、玄関からみて正面において下さる。
 やったね。またしばらく春の椎茸を楽しめる。
 みなさん、本当に私のことを気にかけて下さる。
 ただ、感謝。