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とびうお

 食材を買いにスーパーに行くとトビウオのパックが。
 8匹で320円、新鮮でこれは安い。

 トビウオに最初に会ったのは大学生の時、鹿児島港から奄美大島に行くフェリーからである。
 さすが英虞湾というだけあってトビウオが多いのか、船の周りで飛び出し、長く飛行して海に消える。
あの時、トビウオは真直ぐだけでなく、カーブして飛べるのだと知った時のトビウオのキラメク姿はまだ目に浮かぶ。
 屋久島への時もそうだった。
 あの時はイルカも、そして小笠原諸島の時も
 海に出るといつも。
 トビウオには大学時代、あの青春時代を思い出す。

 スーパーのトビウオは鳥取県産。
 そうか日本海でもとれるのか。

 8匹のうち、4匹を背開きして一夜干し。
 残り4匹も背開きして塩焼きか、竜田揚げにするか、かば焼きにするか・・・
 夕食の準備まで、考えてみよう。

 夕暮れの海面をすれすれに、時に尾ビレで海面を叩きながら飛翔するトビウオ。
 ああ、飛ぶんだと感激した青春のひととき。
 何も考えず、ただ生きていることだけで十分幸せだった青春時代。

 

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薬膳-美作・大多府島組

 和気薬膳学校の初級課程第Ⅱ期生は倉敷や津山など遠方から通学して下さったが、第Ⅰ期生の修了生は和気町内が主であった。
 その中に美作市と瀬戸内海の大多府島から来て下さった方々がおられる。
 これらの人達は和気町内の人達と日程調整が難しくて、別途に実習をすることにした。
  そして薬膳実習を口実に久し振りに集まれる者だけでもと集まった。
 薬燉排骨を作り食べる。
 久し振りの会合にみなさん大いに話に花を咲かせた。
 T氏も参加し、薬燉排骨は、いつも通り美味しく出来た。
 
 
 
 
 

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植物2題に学ぶ

半夏と半夏生

 カラスビシャクを基原植物とする「半夏」は重要な漢方薬である。
 T氏が植えてみたいというので、半夏の解説と苗の採集と栽培法について話した。
 
 苗入手の手伝いのつもりで庭に植えていたが、どんどん増えていく。雑草だが漢方薬の基原植物なので増えるとうれしい。


 近くのKさんに「これ何?」と聞かれ「半夏(ハンゲ)」と応えると「半夏生(ハンゲショウ)」と言われるので、うんと応えてから不安になり調べてみた。
 半夏生には、ハンゲショウとハンゲ・ショウズルの2つの読み方があり、植物が違っている。
 ハンゲショウは初夏に葉の一部が白くなり化粧したようになるドグダミの仲間の草の名で、初夏生はハンゲショウの葉が白くなる(半化粧)時期と説明する。
 一方、ハンゲ生ズルは、半夏(カラスビシャク)が生えてくる時期ということ。
 「二十四節気、七十二候」の本には半夏生をハンゲ生ズルと読み、半夏が生えてくる時期とある。
 七十二候の「半夏生」は夏至から10日目位なので時期は七月上旬。五月下旬で花が咲く(写真)ことと一致しない。
 そこで調べてみると七十二候の解説には、ハンゲショウという植物の葉が白くなる(半化粧)時期と説明する書籍と、半夏生をハンゲ生ズルと読めば、半夏(カラスビシャク)が生えてくる時期という書籍がある。
 そうか、私の家の陰暦のカレンダーにはハンゲ生ズルとルビが振ってあるが、間違っているんだ。カラスビシャクハンゲショウではない。
 しかしこんな身近なところにも十分確認せずに記載された間違いがある。注意、注意!!

 サボテン
 田土地区のSさんの家の石組に真っ赤な花の咲くサボテンがあり、少し頂いて庭に石を積み、植えてみた。
  完全な放置状態にも関わらず元気に年々生育が盛んになり、今年も沢山の花をつけた。
 庭の中ですっかり自分の位置を確保して存在感を出している。
 石組みの上と下、花の付きが良い場所が、お好みの場所らしい。正直なものだ。

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和気薬膳学校 5月

 和気薬膳学校は初級課程Ⅰ,Ⅱ期生を合同して実習中心の中級課程を開講し、4月は薬燉排骨、そして5月17日は骨付き羊肉を用いて薬燉羊肉を調理し試食した。
 しばらく薬燉で排骨、羊肉、海鮮、鶏などで実習し、調理法に習熟すると共に食材による差異を体験的に学ぶ。


 薬燉とは漢方薬の煎じ液で肉類を煮込む料理である。
 出来栄えは台湾の専門店や夜市の「薬燉○○」以上といえ、味は、生徒それぞれに「美味しい」を連発して、「漢方薬の煎じ液」のイメージは全くない。
 また、さすが薬膳、翌日の血圧が下がっていた、体が温まるなとの評もある。
 4月の薬燉排骨でTさんの血圧が下がったとは偶然だと思い、5月の薬燉羊肉の翌日、血圧はどうだったと尋ねると「薬燉を食べた翌日だけだが10位下がる」とのこと。すごい薬膳!!!

 ご飯は、1升\500.-の買い取り制で自慢のお米を提供して頂く。
 漬物などの箸休めも、余分に作った人に提供してもらう。

 ついで薬燉○○の次は十全大補湯の処方で薬燉(十全排骨、十全大補鶏など)する。
 さらに順次台湾の薬膳を調理し学ぶ予定。
 これらのほとんどの薬膳は日本国内では販売できないので、中級課程の調理実習は、本場の薬膳を実習し、薬膳を学ぶという点では貴重な体験になっていると思う。

 毎回の班編成でⅠ,Ⅱ期生間の交流も進み、知人が輪が広がったようだ。 
 みなさん楽しく笑い声が絶えず、修学旅行で台湾に行く話で盛り上がる。
 よかった、よかった。

 六月は夏休みならぬ「農繁期休校」になる。

  

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乗っていきませんか?

「乗っていきませんか?」・・・昔はナンパの常とう手段。

 私は和気に来て声をかけることが多くなった。
 「どこまで? 乗っていきませんか?」
 断られたことはない。

 田舎の道では、時に高齢者(特に女性)が歩いている。
 周りに家がないので、かなり歩くはずと考える。
 山道だと完全に可哀そうになる。
 そこで声をかける。
 「どこまで?  乗っていきませんか?」

 よっこらしょと軽トラに乗って来た女性は感謝の言葉とともに自分の歳を言う。
 もう80×歳になりました・・・と。
 そう、自分から年齢を言うのは子供と年寄りだけ。

 そこで私はいつも「何のまだまだ」との励ましを込めて応える。
 「そうですか。白寿まで、未だ十×年もありますね」と。
 ひとしきりの会話の後で、「元気もらった・・」とうれしそうに降りていく。
 私は80×歳になれるのかな・・・と思いながら、「さようなら、お元気で」と言って別れる。
 田舎暮らしのゆるやかなひと時。

 

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サンシュユ自生苗

 庭の草取りをしていて、雑草に交じって見慣れた葉にふと気が付く。

 これはまぎれもなくサンシュユの本葉。
 そうだ、これは今春に発芽したサンシュユの本葉だ。
 探すとあちこちに生えてきている。
 
 ヤッタ !!  鳥の糞から発芽したサンシュユに違いない。
 するとこれは自生苗。
 どうもサンシュユと和気は相性がいいようだ。
 結実し、鳥が食べて、糞とともに種子が蒔かれて発芽する。
 自然の輪廻。 素晴らしいことだ。

 

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NPO法人総会

 5月13日、和気駅前旅館杉金さんの会議室でNPO法人 薬草木を育てて地域産業と観光資源を創る会の平成29年度総会を開催した。
 

 理事のひとりが九州に転居されて退会、理事それぞれの日程が重なり4名が委任状出席になった。
 9名が出席して定足数を満たし、理事会、総会は順調に進行した。
 平成28年度の事業報告、会計報告、平成29年度の事業計画、会計計画を審議し賛成を得た。
 また貸借対照表の公開の法改正に伴う定款の変更も了承された。

 これからサンシュユ植栽は第二期5ヶ年計画、渡来300年記念事業に向けて、いい活動が出来るように努力したい。
 理事のみなさん、ありがとうございます。

 
 

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ディスカバー農山漁村の宝

 農水省は「ディスカバー農山漁村の宝」という応援プロジェクトに取り組み、我がNPO法人 薬草木を育てて地域産業と観光資源を創る会の活動が採用され、その事例集に紹介された。
 「農山漁村」は「むら」と読みます。
 昨日、農水省・中国四国農政局から主任推進官が黄雲泊に取組事例集を持って来訪された。
 黄雲泊内を案内し、我がNPO法人の取組をいろいろお話させて頂いた。


 中国・四国で多くの事例が紹介され、岡山県下は40ヶ所、当NPO法人は岡山県下の「観光・6次産業化」部門で紹介されている。
 当初、「応募しませんか・・・」との連絡があり、時期尚早と遠慮したが、農水省には事業支援もして頂き、協力すべきと判断して参加した。
 採用され紹介されている組織・団体のうち、和気町では我がNPO法人のみである。
 もちろん、主催者「内閣官房・農水省」から表彰されるには至らなかったが、たとえ老後の報恩道楽として始めたとしても、これを励みに最後まで期待に応えようと気を引き締めた。

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花・はな・華の庭

 昨日(5/10)は過不足ない降雨で最高。
 テッセンが満開。

 札幌の家の玄関前に植えたテッセンは色が濃く綺麗だった。懐かしい。
 でも、和気のテッセンも盛んに咲いて元気を一杯呉れる。感謝。

 サンシュユに続いて、ユスラウメ、グミ、ボタン、オダマキ、オキナ草と・・・さらに雑草も含めて次々に咲き誇る我が庭。 特にいろいろなツヅシがあり、大きな株になってドウダンツツジの後に花一杯を演出。
 シャクヤクもとりどり植えたので楽しめる。
 全く地味だが、半夏が少しずつ増えてきて、主張し始めた。
 爽やかな風が吹き抜けて、本当に綺麗で素敵な季節だ。

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耕作放棄地活用の壁

 今日、立ち寄ってくれたのは農業を営む和気町民。
 和気町に住宅を買って住む人は所有する農地が2、3畝程度で狭くても所有権登記を認めるようになるとの和気町の新しい政策が話題に。
 現在は所有または借地の合計が2反あるいは3反以上でないと、農業者として認められず、農業委員会から農地の所有権の名義変更の了承が得られない。
 畑地は家庭菜園程度で良いと思う移住者には朗報。

 そこで耕作放棄地の問題解決として試案を提示。
 不在地主の土地が多くて活用できない。
 不在地主の土地は管理費として多額の町税を課して、売却や委託を促進しては・・・と提案してみた。
 あっさり却下。

 理由は、不在地主に限らず多くの土地は売却しても所有者の名義登記の書き換えが出来ないとのこと。
 それは土地の面積の制限ではない。
 農地の名義人が死んで相続しても、相続人が法務局に費用を払ってまで名義の書き換えをしない人が田舎には多い。
 そのまま、また次の代になり、また次の代になっている。
 結局、土地の名義人がはるか昔、何代か前の人のため、その子孫が都会に出て、先祖の土地を譲りたくても、名義書き換えの書類が作れないとのこと。

 そうなんだ。
 法務局の土地名義の登記に関する法律が壁になっている。
 中山間地区問題解決とか、耕作放棄地の再利用と言っても、人や技術的な問題だけではないのだと思い知る。