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生薬標本撮影-1
 台湾順天堂薬廠の依頼で、漢方関係の動画を作成しているが、生薬標本の写真が必須となった。
 順天堂薬廠には必安研究所があり、許鴻源社長(博士)と陳玉盤所長の収集努力で立派な生薬標本が保管管理されていたので、それを被写体にするつもりが、長年の間にかなりが散逸していた。
 そこで未病の里「ビオトピア」に譲渡した生薬標本を被写体にするためお願いしたところ、ブルックスの小川代表の格段のご配慮で生薬標本撮影が実現した。
 7月23-26日の4日間、小田原の未病の里「ビオトピア」で作業する。
 撮影はブリックスがプロの撮影技術者を準備して下さり、台湾順天堂薬廠の日本人社員N氏も作業に参加された。

 5,500もの標本リストはブリックスのAさんが半年掛りで完成して下さっていたが、検索機能が未完のため、177個の箱を一つ一つ開けて必要な標本を探す作業を始める。
 

 私個人は懐かしい生薬標本に再会し、感動していた。
 四国伊予小松の駅前で見つけた日桂(チリチリ)の標本は、おそらく現存する物はこれだけかもしれない。
 そして名前だけ知っていた生薬を初めて目にした時の感動が蘇ってきた。
 長沙の町の薬店の百味箪笥(引出し)に「人中黄(人糞の加工製剤)」の名をに見つけた時の驚きは大きく、その薬局で紫河車(人胎盤)も見つけた。
 もちろん、作成中の動画と関係なく、写真に記録。

 
 
 

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生薬標本-1

 大学に勤務する時、新設大学のため設置基準の「生薬標本の整備」に係って以来、本業とは別に生薬標本を個人的に収集し、標本館に保管していた。
 退職時、その数5,500.
 
 大学を退職時、標本を大学に寄贈する意思に〇〇田学長は「ありがとうございます」と答えた。
 その後、標本館も管理する薬用植物園運営委員会に引継ぎ、新委員会で「標本をもっと学生の目に触れる場に」と相談して、O学長に提案したところ、O学長は「あんなもの、燃やしてしまえ」と答えたと新委員会メンバーから報告を受ける。
 まあ、あのエゾのヒグマを彷彿させる傍若無人の言動のO学長だから、「燃やしてしまえ」発言にしても、大学の現状にしても説明がつかない訳ではないが。
 そこで寄贈せず、全て持ち出すこととした。
 現住地の和気町には「薬草園・薬草館」があり、そこで活用してもらうつもりが、諸般の事情で無理となり、最終的に小田原にある未病の里「ビオトピア」で保管管理して頂けるので譲渡した。
 生薬の流通の関係で、原型生薬はそのまま日本に輸入されることが現在は極めて少なくなり、生産地以外で原型の生薬を見ることは通常は出来なくなってきた。
 その点でも30余年間に収集した生薬標本は、入手不能の貴重な標本になり、ヒグマ学長によって焼却される前に対応出来て幸いであった。
 
 
 



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こだまって・・・。

 小田原の未病の里「ビオトピア」で23-26日、生薬写真撮影を行い、27日に岡山に戻る予定を立てていた。
 しかし、丁度27日昼頃に東海・山陽新幹線と台風6号が遭遇するので、新幹線が止まる可能性が出来てきた。
 運よく作業が26日早めに終了できたので、急遽宿泊を切り上げて新幹線に飛び乗る。
 小田原駅で気が付いた。
 止まった「こだま」が700A系の車両で、「あれっ、こだまってダンゴ鼻ではないのだ」と思う。
 そして乗車した「ひかり」も、名古屋から乗り継いだ「のぞみ」も700A系。
 そうなんだ。
 今はこだまも、ひかりや、のぞみと同じ700A系があるのだ。
 各駅停車と超特急が同じ車両・・・・凄い、日本の技術と、歳を感じる。
 

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老化と戦い
 今から半年位前、足腰が痛み、玄関の段差でガクッと感じ、腰を伸ばして歩けず、物を拾うのに腰を屈められず・・・となった。
 昨冬はスノーボードが出来ず、運動不足の結果かと思いながらも歳を感じた。
 何かある時は鎮痛剤(ロキソニンS、半年間で10錠位)を飲んで抑えたが、さらに夜間尿の回数が増える。
 まさしく老化。
 そこで(かかりつけ医の)小谷先生に八味丸製剤を処方してもらい、さらに台湾順天堂薬廠の「極品 亀鹿膠」で老化に挑戦。



 そして、八味丸と亀鹿膠に託して半年余、特に運動療法等もせず、日常生活であったが、何と足腰の痛みはほとんど感じなくなり、夜間尿も苦痛ではなくなった。

 高知の薬証会は、60人位の広さの会場でマイクなしの生声、2時間立詰めで何とも無く終えている。

 高知の薬証会から戻った翌日の午前中、午後からの雨の前に庭木の剪定作業を普通にこなす。問題ない。
 思えば50歳頃、急に肩が上がらなくなったが、ものの2日位で普通に戻った。
 あの頃は六味丸を服用していたから、早い回復はそのお蔭かもしれない。
 ところで六味丸は中国製の本物の丸剤で、八味丸は医療用「ウチダの八味丸」(クラシエ)だが、他社のエキス剤ではここまで効果は期待できなかったと思う。
 「極品 亀鹿膠」は台湾順天堂薬廠のもの。
 それにしても漢方は「効く時は確実に効く」を実感した。
 




 

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高知薬証会7月
 高知薬証会は、7月で第5回目、参加の先生が知人をお誘いして下さり、現在は30余名にて進行中。
 高知駅に「啄木の父 石川一禎の終焉の地」という石碑を見つける。

 むっむっ。
 石川啄木は知っていたが、その父が活躍されたか否かという点も含めて、そのご尊名の知名度が高いとは知らなかった。
 その啄木の父の、しかも終焉の地に記念碑が建てられているとは、俳句には縁遠い輩にとっては驚き。
 啄木の父とは言え、石川一禎氏が逝去された地に記念碑が建てられる・・・世の中、いろいろなことがあるのだと感心して眺める。
・・・て、石川啄木の生地、そして終焉の地はどこだっけ。
 函館立待岬遺骨が納められた墓碑をみたような記憶が。
 

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畑仕事
 
 避難家族のお向かいのOさんには、可愛いお子さんが男、女、女の順で3人居られる。
 私には3人だが、女、女、男の順である。
 畑仕事を少々手抜きをする気もあって「一緒にやりませんか」とお誘いしたので、梅雨の晴れ間をみて、今日は収穫を兼ねてOさん家族が寄ってくれる。
 保育園でうつったカゼで奥さんと3人のお子さんはダウンされたらしいが、今日はご家族5人で元気な顔。

 胡瓜、トマト、ピーマンの他にジャガイモ堀りをする。
 ミミズを欲しがるのは男の子のYチャンだが、ミミズを掴めるのは女の子のMちゃん。
写真はOさんのご家族

 私の方は、お陰で日々の生活に気晴らしの変化が出来てありがたい。
 私に人見知りしていたMチャンともかなり親しくなれた。

 



 


 

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宮崎のサンシュュ生産

 漢方薬物の90%近くが輸入なので、余生を過ごす一環として生薬生産を試みることとした。
 当初は美作市入田で始めたが、住居の関係で和気に移した。
 しかし、大きな誤算は、開始5年目にして和気の気候風土はサンシュユの植栽適地でないことが分かったこと。
 しかし、宮崎でサンシュユ生産に取り組むKさんから連絡があり、その後、訪問したり、情報の交換をしている。
 この九州南部豪雨のお見舞いメールをしたら、返信に育苗の様子を知らせてくださる。
 緩い傾斜地ではあるが、この畝が水没しないか心配とのこと。
 
 すごい苗の数。この苗圃の面積だけで、和気の植栽地の面積を越える。
 いつか大生産地になることが想像できる規模で、大いに期待できる。無事に豪雨を耐えられるように祈るばかり。
 

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五十三次を歩く
 八十歳を前に「八十歳になったら・・・」と八十歳の九月二日にスタートする計画を立てた。
 それは東海道五三次を歩く挑戦である。もちろん京都三条大橋を発ち、日本橋に至り、中仙道(または甲州街道)を通って京都に戻る。
 途中には安土城や関ヶ原、駿府や桶狭間、反射炉、箱根、小田原・・・と、近藤勇の最後の地、武田一族因縁の地、真田と秀忠の上田合戦・・・途切れはない。


 丁度、薬証会も現在の高知薬証会で最後とし、台湾順天堂と協同の漢方動画造りもおわっているだろうし、時間が出来る。
 藤田まことが渋い味を出している古いTVドラマ「剣客商売」や「座頭市」の再放送にハマッテ、津本陽の小説を読みふける中、当時の人と同様に歴史の舞台を歩いて見分したいと思う。
 もちろん、旅の空で果てるもまた人生って気がしてきた。
 そのために、歩ける体力造りを始めようと思う。

 東京にいた時には、赤穂浪士が討ち入り後、吉良邸から泉岳寺まで
、重装備の浪士が戦い終えた身体で講談通りに歩けたか、10kgの鉄亜鈴を背負って辿ったことを思い出した。
 
 ---現代、東海道の旧街道の五十三次を歩いたバカは多いようだ---
 やれるぞ。何かウキウキしてきた。
 やるぞ、体力造り。

 その後、知人二人からこのブログ記事(五十三次)が話題になった。 
 そうなると本気度が高まる。
 木枯し紋次郎風かな、拝一刀のように手押し車でか、いやいや座頭市スタイルか。
 実際のところはシニアカーの旅かな。これも個性的。
 
 

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和気の気候

 遅い梅雨、ゲリラ豪雨、線状降雨帯・・と7月上旬は何十年振り、測候所始まって以来・・・の天候が続く。

 だのに・・この岡山は、そして特に和気の地は地理的な影響で、強風も、降雨も極めて少なく、この豪雨も、他の地の梅雨時期の恵みの雨程度である。

 TVの西日本天気予報も、九州、四国、そして近畿、東海と中国地方が無い。
 困っている地方を心配しながら、和気のこの地域と気候にありがたみを感じる。
 もちろん、良いことばかりではない。この少雨気候がサンシュユ植栽の大敵であることを知らずに失敗している。